語りたい歌が満載だ。サンプラザ中野だー!
小学校の中学年だった1960年代終わりから70年にかけて、本当にすてきな歌がたくさんあった。ジャンルは問わなかった。ざっと挙げてみる。敬称略です。すみません。
演歌では「圭子の夢は夜ひらく」藤圭子、「星影のワルツ」千昌夫、「三百六十五歩のマーチ」水前寺清子、「長崎は今日も雨だった」内山田洋とクールファイブ。
歌謡お姉さん路線では「経験」辺見マリ、「ブルーライトヨコハマ」いしだあゆみ、「恋の奴隷」奥村チヨ。
フォークでは「風」はしだのりひことシューベルツ、「白いブランコ」ビリーバンバン、「遠い世界に」五つの赤い風船、「走れコウタロー」ソルティーシュガー、「この広い野原いっぱい」森山良子。
なんだかわからないジャンルでは「黒ネコのタンゴ」皆川おさむ、「夜と朝のあいだに」ピーター、「嘆きのボイン」月亭可朝、「男と女のお話」日吉ミミ。
そして忘れてならないのが大好きだったあのグループ。ザ・ビートルズの前座を務め、一時期「坂本九」が在籍、土曜の夜のお茶の間に大旋風を巻き起こしたあのグループだ。
その名も「ザ・ドリフターズ」。土曜の夜の番組はもちろん「8時だヨ! 全員集合」(69年10月スタート)である。この時期のヒット曲は「いい湯だな」「ドリフのズンドコ節」「ミヨちゃん」である。
コミックバンドの先達に「ハナ肇とクレージーキャッツ」がある。「シャボン玉ホリデー」(72年終了)はちゃんと見ていた。この番組は大人向けのにおいがした。クレージーキャッツの歌詞は天才・青島幸男による。どれもするどく時代を風刺していた。対してドリフターズのそれには、そこはかとない哀愁があった。これは時代が一つ違ったということなのだと思う。東大安田講堂が陥落したのは69年の1月である。
| <サンプラザ中野 プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。46歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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