フォークがロックだったんだ。サンプラザ中野だー!
千葉県流山市で小学校を卒業した1973年春。一家は父の転勤に伴い千葉県市原市に引っ越した。そして俺(おれ)は市立八幡中学校に入学。その中学校生活はフォーク・ソングとともに幕を開けたのである。
新学期早々に、あのねのねの「赤とんぼの唄」と井上陽水の「夢の中へ」が大ヒット。朝から晩までラジオでかかりまくっていた。俺は特にあのねのねにやられた。彼らのお馬鹿旋風にきりきり舞いさせられた。「魚屋のおっさんが死によった ギョッ!」等々に。彼らの雰囲気をまねたギャグを飛ばしてはクラスを笑わせた。
9月には井上陽水が「心もよう」を出した。そしてかぐや姫があの「神田川」を発売したのもこの月だった。
翌74年4月、一家はまた引っ越しをした。それまでずっと社宅住まいだったのだが、この年ついに流山市に家を建てた。なので市立南部中学校に転入したのである。そこで出会った浅野君こそが俺にフォークを教えてくれた友なのである。
転校したその日に学級委員長に立候補した。クラスメートの半分は小学校からの友達だったから、当選の自信はあった。でもさすがに落選した。そんな傷心の俺をいたわってくれたのは、違う小学校から上がってきていた浅野君だった。
浅野君は言った。「中野さぁ。かぐや姫のアルバム持ってる?」。俺はアルバムが何ものかを知らなかった。家にはまだポータブルプレーヤーしか無く、レコードはシングル盤しか持っていなかった。浅野君は言った。「じゃあ貸してやるよ。いい歌いっぱい入ってるんだぜ」。そして彼は歌った。熱い歌声で。唇をとんがらせながら。後で知ったのだが、それはまるでミック・ジャガーのような唇だったのである。中学2年生の俺は、神田川をミックのように歌う浅野君にフォークの洗礼を受けてしまったのである。そしてフォーク少年・中野は開花していくのである。
| <サンプラザ中野 プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。46歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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