はなから浪人を覚悟していた。サンプラザ中野だー!
78年2月ごろ、彼女と別れた。初恋の彼女だった。街にはキャンディーズの最終シングル「微笑がえし」が流れていた。
春に高校3年生になった。しばらくして彼女ができた。隣のクラスの娘だった。ポニーテールが似合っていた。山口百恵は「プレイバックPart2」を歌っていた。
俺(おれ)は劣等生だった。だからはなから現役合格をあきらめていた。ゆえに遊んだ。放課後は彼女を誘って喫茶店に入り浸り、幸せだった。だがそう長くは続かなかった。夏休み、彼女が予備校の夏期講習に通い出した頃から暗雲が漂いだした。彼女は現役で国立を目指すことに決めたのである。俺はといえば「浪人で適当に受かる私立でいいや」となんとなく考えていた。つまり俺は、受験なんか「勝手にシンドバッド」で「君のひとみは10000ボルト」だったのだが、「夏のお嬢さん」は「季節の中で」受験に向けて「銃爪(ひきがね)」を引いていたというわけだ。
そして秋、俺の恋は「絶体絶命」に追い込まれてしまったのである。「オリビアを聴きながら」今さら「チャンピオン」を目指そうにも、基礎学力があまりにも低すぎて「モンキーマジック」にでも頼るしかない状況だった。だから「HERO ヒーローになる時、Ah Ha それは今」では全然なかったのである。結果、受験が終わった時、俺はどん底だった。そして卒業式の後、正式に振られたのであったよ。ふー。
後がない俺は一念発起する。「私立の文系で一番良いところを目指そう」「そして来春、彼女に復縁を申し込むのだ!」と。思い立ったとたんに参考書を開いた。が、いきなり英語で絶望を味わう。中学・高校と6年間も学んできたというのに、俺はbe動詞と一般動詞の違いがわかっていなかった。つまり「I am have a pen.」と誤答してしまったのだ。お先真っ暗な春’79なのであった。
| <サンプラザ中野 プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。47歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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