スーパースランプはスーパー! だった。サンプラザ中野くんだー!
今年から芸名に「くん」が付くことになった。それはさておき「スーパースランプ」である。1980年の4月の終わり、このバンドのライブに誘われた。というかチケットを買わされた。友達だったからである。構成メンバーは全員同窓生だった。東葛飾高校の先輩と後輩と河合がメンバーだったのだ。
学校帰りに柏の京北ホールに行った。スーパーマーケットのビルの上、お客さんは40人くらいいた。ほぼ知り合いだった。
演奏が始まった。俺(おれ)は度肝を抜かれた。演奏曲はすべてオリジナル曲。そして演奏者は全員「虫」の格好をしていた。キーボードの後輩女子は背中にきれいな羽を付けていた。チョウだった。ベーシストの先輩男子はゴキブリ。頭にかぶった茶色いヘルメットからは触角が出ていた。長身細身のギターの先輩男子は全身横しまルック。ミミズだった。そして河合は緑色に塗ったスエットに詰め物をしてモコモコしながらギターを弾いていた。イモムシだった。
オリジナル曲の曲名が素晴らしかった。「穴があったら出たい」「下宿人P」「はぢける若さ」「振り向けば後悔」などなど。俺は完全にやられてしまった。「なんて素晴らしいことをこの人たちはやっているのか」「うらやましい」「輝いている」「俺もこんな風に表現できたらどんなにすてきだろうか」と。
翌日昼頃、千代田線に乗って早稲田に向かった。見知らぬ人に声をかけられた。「中野君だよね?」「はい」「昨日は見に来てくれてありがとう」。スーパースランプのドラマー先輩男子だった。「実は昨日で大概のメンバーが辞めちゃったんだ」「はあ」「もともとメーンボーカリストがいなくってさ」「へえ」「曲ごとに違う人が歌ってたでしょ?」「ええ」「でさ、中野君ボーカルやらない?」「えー?! やります!!」
そして俺のボーカリスト人生が始まった。
| <サンプラザ中野くん プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。47歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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