テレビ出演だ。サンプラザ中野くんだー!
電車の中で先輩にスカウトされてボーカリストになった。80年4月末のことである。なのでボート部は辞めることにした。一度もボートをこいでいなかった。
歌の練習を始めた。とりあえず大きな声を出せなければ、と思った。ダンシング・オールナイトがはやっていたし。なので、江戸川の河原に行った。応援団のようで恥ずかしかった。そこで、家で声を出せる方法を編み出した。押し入れの布団と布団の間に頭を突っ込んで大声を張り上げた。
スーパースランプのベーシスト・H先輩が素晴らしい話を持ってきた。「テレビに出よう!」と。フジテレビの「HOT‐TV」という番組だった。日曜日の朝10時から生放送。その中に勝ち抜きバンド合戦があった。5週勝ち抜くとプロになれた。早速デモテープをとって送った。その後ライブ審査も通過。なんとテレビに出ることとなったのである。
その頃、大ブレークしていたアイドルがいた。宮崎美子さんだ。「いまのキミはピカピカに光って/斉藤哲夫」という曲に乗ってCMから躍り出た。俺(おれ)たちの初出演番組には、その宮崎さんも出る。80年6月のことである。
俺はひどく興奮していた。生粋のテレビっ子である。テレビは俺の魔法の箱である。その中に自分が入れる。大アイドルと一緒に。俺は倒れそうなほど緊張したのである。しかし俺の顔は映らなかった。なぜならばミミズの衣装を着用したから。それは全身をしましまで覆い隠すモノなのであった。俺は赤い横しま。河合は緑の横しまであった。そして「はぢける若さ」という素っ頓狂な歌を歌ったのである。審査員は言った。「んー面白いんだけど、演奏が下手すぎ」。そして勝ち抜くことはなく、すごすごと柏に帰って行ったのである。
近年、宮崎さんにその時のことを聞いてみた。宮崎さんは何も覚えていなかった。
| <サンプラザ中野くん プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。47歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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