チャレンジは続いた。サンプラザ中野くんだー!
「スーパースランプ」に加入して1カ月足らずだった80年6月。俺(おれ)はフジテレビに出た。「HOT―TV」という番組の勝ち抜きバンド合戦に。そして負けた。でも全くくじけなかった。それどころかいい気になっていた。なぜならば番組内でパフォーマンスを見た審査員がこう言ったのだ。「演奏は下手すぎる」「でもやろうとしていることは面白い」と。その一言に我々は勇気づけられていたのだ。そして次なるチャレンジをすることにした。それは「EastWest」であった。
「EastWest」とは某楽器メーカー主催のアマチュアバンドコンテスト。関東甲信越から出場バンドを募り、決勝大会は8月の中野サンプラザ。サザンオールスターズやカシオペアなど、多くのプロミュージシャンを輩出した、いわばロックの甲子園なのである。関西じゃないけど。
俺たちは練習した。週に1回。2時間だけ。みんなバイトや学校で忙しかった。おまけにベースのH先輩は演劇までやろうとしていた。俺はといえば暇だった。ボート部を辞めた今となっては週に3日も登校していなかった。高校3年の頃の「怠け者」にすっかり舞い戻っていた。バイトは喫茶店のウエーターだった。三つくらいの注文が覚えられずに3回聞きに行ってあきれられた。家庭教師もやった。原田知世ちゃんによく似た高校生だった。男子だったけど。力仕事もした。横浜の地下ホームを造る現場に行った。一輪車で土を運んだだけだけど。
とにかく予選会に申し込んだ。東京や千葉はレベルが高いので避け、茨城の土浦に行った。楽器屋さんのホールでの予選会で演奏した。そしたら受かった。審査員の鳴瀬喜博さん(超絶テクニックのベーシスト)が推してくれたのだ。「面白い」「このバンドを通さないと東京に帰らない」と。とてもうれしかった。次は水戸での茨城県大会が待っていた。
| <サンプラザ中野くん プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。47歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
|