水戸に乗り込んだ。サンプラザ中野くんだー!
アマチュアバンドコンテスト「EastWest’80」の茨城県決勝大会に臨んだ。7月の終わりだった。勝ち進めば中野サンプラザでの関東甲信越大会決勝だ。
水戸市民会館の観客席はいっぱいだった。地元バンドの応援団だった。千葉県から参加した俺(おれ)たちには、応援者はいなかった。気にせず、例のミミズの衣装に着替えた。俺のは赤の横しまだった。
頭の先からくるぶしまで。それはハンドメードなのであった。白いズボン下・白い長袖シャツ・バイク用の防寒具である白いフルフェース布マスク。これらに粘着テープでマスキングを施す。そこに赤いスプレーペンキを吹きかけて塗装。乾燥後にテープをはがせば、しましまの出来上がり。その上に赤いサングラスまでかけた。
我々スーパースランプの番が来た。司会者が曲目を告げる。「穴があったら出たい」「はぢける若さ」と。そしてシンセサイザーが鳴り出す。その時俺は舞台上にいなかった。客席から登場し、その客席の横の壁を登り始めたのだ。まるでロッククライミングのように。ミミズの衣装で。
ホールの壁は木のブロックを積み上げてできていた。ブロックはでこぼこに配置されていたのだ。その出っ張りに手足をかけて登った。会場についてすぐにそのパフォーマンスを思いついた。天井近くまで登り、降りた。そして舞台に駆け上がり熱唱した。客席はあっけにとられていた。拍手はほとんどなかった。その後の水戸のロックンロールバンドが大受けだった。会場はダンスパーティー場と化した。
会場の一番後ろの席で審査発表を聞いた。名前は呼ばれなかった。優勝バンドの発表の前で立ち上がった。帰ろうと思ったのだ。しかし審査委員長の相倉久人さんが言った。「優勝は、スーパースランプ」。耳を疑った。一瞬の静寂の後、ブーイングが起こった。俺たちは舞台に上がり、言った。「すみません」と。
| <サンプラザ中野くん プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。47歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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