そして中野サンプラザへ。サンプラザ中野くんだー!
80年8月24日、日曜日。東京・中野は晴れて暑かった。千葉県から出向いた俺たちはもっと熱かった。だってこのロックバンドコンテスト「EastWest」からは多くのプロが誕生していたから。77年大会からはフュージョンバンドのカシオペアとサザンオールスターズ、そしてシャネルズが。78年からは千葉の先輩・R&Bバンドのウシャコダが。79年には子供ばんどとアナーキーが鮮烈なプロデビューを飾っていた。つまりプロへの登竜門なのだ。熱くならずにはいられなかったのである。
H先輩の発案で地元のスーパーの裏に捨て置かれていたヒーローものの立像をステージに立てることにした。高さが3メートルあった。友人バンドの機材車の屋根にくくりつけて運んだ。中野サンプラザの駐車場で、しましまのミミズヒーローを作り上げた。水戸での壁登りパフォーマンスが評判が良かったので、舞台上でミミズヒーローによじ登る演出を考えついたのであった。ゲストプレーヤーとしてバイオリニストがきていた。何が何だかわからないのだがプロへの切符を手に入れようと、俺たちはあらゆる手を打った。たぶん。
そしてスーパースランプというミミズたちが中野サンプラザホールの舞台に立った。茨城県決勝大会と同じ曲を熱演した。俺はミミズヒーローによじ登った。ギターの河合もいつもよりも激しく動き回った。ベースのH先輩もドラムのT先輩も。それからキーボードの2人の女の子も。そして当日参加のバイオリニストの人もだ。
俺たちは燃えた。そして燃え尽きた。青春をぶつけたのだ。すがすがしい気持ちだった。そして審査発表を迎えた。あわよくばプロだ。果たして、俺たちには何も起こらなかった。プロへの夢はあえなくついえた。否、一つだけ賞をもらった。それはベストパーソナル賞。今日初めて参加したバイオリンのふたがわさんの個人賞なのだった。
| <サンプラザ中野くん プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。47歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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