だから頭をそったのだ。サンプラザ中野くんだー!
あっという間に1年が過ぎた。気がつくと俺(おれ)は大学2年生になっていた。バイトとパチンコとマージャンで毎日が過ぎた。バンドの練習は週2回に増えていた。練習後は、必ずファミレスで夜を明かした。
「我々スーパースランプは、今年もコンテストに出よう」と一致した。新曲を作ることになった。「ボーカルが詞を書くべきだ」と名指しされた。机に向かって意識を集中した。じとじととした宅浪時代がよみがえった。ノートに鉛筆を走らせた。気がつくと「ミミズのラブ・ソング」という詞ができあがっていた。「この想い伝えたいけど おいらはミミズ 暗い土の中 はいずり回って暮らしている 他に何にもできないけれど お前のためなら何でもするよ」
果たして、メンバーは喜んでくれた。特に3番を褒められた。「もしもお前が死んだなら お前の死体を食べてあげるよ」という歌詞だった。早速、曲が付いた。
「コンテストには2曲必要だ」ということで、もう1曲書くことになった。こちらは難産だった。何度も書き直した。曲も作り直した。そして「尻の穴から出たい」という曲が生まれた。「かゆいぜ かゆいぜ 尻の穴が そのままひねり出せ!」とほえまくった。この2曲をカセットに入れてテープ審査に提出した。合格し、本選に出場することになった。優勝賞金がバカ高かった。賞品はスポーツカーだ。みんな目の色を変えた。「んー、音楽的には大丈夫」「問題はビジュアルだ」「ボーカルの髪の毛が無かったらきっと受ける」。そして、俺は頭をそってみた。
マツダカレッジサウンドフェスティバル’81本選。俺はツルツル頭で2曲を熱唱した。しかし、何の賞ももらえなかった。後日、レコード会社のディレクターM氏が言った。「あー、俺あのとき君たちを見ていたよ」「ど、どうでした?」「うん、気持ち悪かった」と。それからずっとそり続けているのだよ。
| <サンプラザ中野くん プロフィール>
1960年生まれ、山梨県出身。47歳。84年に爆風スランプのボーカルでデビュー。7月からソロ活動を開始。
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