
【イラストより】ニシン鉢作りは代々、姑(しゅうとめ)から嫁に受け継がれてきた。眞理子さん(八代目の奥さん)、宗像(むなかた)絹代さん(七代目の奥さん)
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第6回 ニシン鉢
 福島県会津本郷町 |
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女の人が明るくて元気のいい家は、端からみてもほほえましい。いつも細かいところに目を配ってテキパキと動き、その家の家風や味を守り継いでいく。男は借りてきた猫のようにおとなしいが、どっしりと屋台骨を支える。
そんな味わいのある焼き物が、福島県会津本郷町にあった。会津名物「ニシンの山椒(さんしょう)漬け」に欠かせない「ニシン鉢」がそれ。ニシンを漬けるために作られてきた四角い鉢だが、一切の無駄と、小手先の作為や虚飾をそぎ落とした、暮らしの道具としての美と、たなごころのぬくもりが滲(にじ)み出ている。使い方を限定しない慎み深さが、逆に無限の可能性を秘めている。この鉢に引かれる。
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ちなみに「ニシンの山椒漬け」は、新鮮な魚が入らなかった会津地方ならではの郷土食。鉢に身欠きニシンと山椒の葉を交互に積み重ね、三杯酢で漬け込む。
酢と山椒の風味がニシンにしっとり染みこんでおいしい。昔は、山椒の新芽が出る頃に、どこの家でも作った。ニシン鉢もその時期にしか作られなかった。
ニシン鉢は「宗像窯」で作られている。1719(享保4)年に福岡から移り住み、宗像神社の宮司をしながら窯を焼いた家柄で、現当主、亮一さん(70)で7代目になる。
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そもそも会津の焼き物は、会津若松の鶴ケ城の屋根瓦を焼くことから始まり、明治中期、会津本郷には八十数軒の窯元があった。山の斜面の登り窯に昼夜別なく火がたかれたが、いまは15軒に減り、登り窯も宗像窯だけになった。
「ニシン鉢は、女の仕事なんです」
代々、姑(しゅうとめ)から嫁にその技法が受け継がれてきた。使われるのは地元白鳳山に産する的場土。粘りがあって、硬く焼ける。
この土をたたき締めて、5枚の陶板を作り、張り合わせる。縁が厚く、下がやや薄く作られている。
天日で自然乾燥させて窯で焼き上げる。塩分や酸に強いうわぐすり「飴釉(あめゆう)」が、独特の深い色合いを醸し出す。また、ニシン鉢は「呼吸する」という。気温や湿度を微妙に調整する。においも染みこまず、変形もしない。「土もの」のよさだ。
かつては、暮らしの道具としてどこの家にもあったニシン鉢は、形がシンプルで造形が優れているので、最近は用途にこだわらず、いろんな使い方をするようになった。どんな使い方をしても、ズシリとした存在感がある。
 | 白虎隊の悲劇で知られる鶴ケ城 =会津若松市 |
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 | | 陶祖をまつる常勝寺 |
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◆お取り寄せ
「ニシン鉢」中(25×19×13センチ、1万5000円)、小(21×16×10センチ、1万円)、豆ニシン鉢(15×11×7センチ、2400円)、同マス角(12.5×11×7センチ、2300円)。税・送料別。問い合わせは宗像窯(TEL0242・56・2174、FAX56・3909)。
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