
【イラストより】古松の芯材を、昔ながらの障子焚(た)きの技法で煤(すす)を集め、松煙墨を作る。堀池雅夫さん
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第13回 松煙墨
 和歌山県大塔村 |
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熊野・日置(ひき)川の源流、前ノ川の最上流から照葉樹林の森を登りつめると、大塔山の頂に出る。そこから望む山並みは、険峻(けんしゅん)な峡谷を山ひだに隠して幾重にも連なって続いている。
南の果てには、波荒い熊野灘、北に向くと、大塔山系から紀伊山地へと続く。標高1122メートル。熊野の中央に位置する、隠れた主峰が大塔山だ。
その大塔山の山懐深く、抱かれるようにして小さな松煙小屋がある。煤(すす)で真っ暗な松焚(た)き場から出てきた堀池雅夫さん(52)も、頭から煤をかぶって、顔も黒い。
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松煙は、ヤニの多い松を燃やして採る煤で、墨の原料になる。ちなみに、松ヤニの煤で作ったものが「松煙墨」、菜種などの油の煤を使ったのが「油煙墨」。安価な墨には重油や軽油、鯨油などの鉱物や動物性の油脂が使われる。
そもそも墨は、推古天皇の時代(610年)に高句麗の僧によって、松煙墨の製法が伝えられたのが始まりとされる。
墨の起源でもある松煙は、ほとんどが山人たちによって作られてきた。紀州では龍神村が松煙焚きの里として知られてきた。彼らは、熊野の山中に松煙小屋を建てて住み、集めた松を松焚き場で燃やした。
四方に和紙を張った障子小屋の中に焚き窯が据えられ、焚き口から小割りした松を入れて燃やすと、不完全燃焼した煤がもうもうと立ち昇る。3日間、燃やして障子についた煤を掃き落として回収する。当時、松煙は山間辺地に暮らす人たちの貴重な現金収入になった。だが、昭和30年代に安価な墨が出回って、紀州松煙は一気に衰退してしまった。
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幻の松煙墨を、堀池さんが15年前に復活させた。自ら山に入って古松を集め、斧(おの)で樹脂が濃い部分だけを割り取って、昔ながらの技法で松煙作りをしている。古松から採れる煤は原料の2%。古松500キロを約2週間焚いて、10キロの煤しか採れない。それをニカワや香料を加えて練ると松煙墨の形になる。
松煙墨は青みがかった黒色で、独特の光沢がある。青紫の底色を秘めてにじむ淡墨の色合いは、忘れていた日本の自然の色を思い出させる。最近は、顔料を練り込んで何色もの色が楽しめる「彩煙墨」や、銀色の「銀彩墨」を苦心の末に作り出した。
書道や水墨画以外に、彩色を施した和紙を壁紙や家具に張ってインテリアにも使う。新しい用途を生かすと暮らしが楽しくなる。
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南向きにのみ枝を伸ばす 「一方杉」=中辺路町 |
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