いつの間にか、フラワーアーティストやボタニカルアーティストなどと呼ばれるようになった。だが、自分の中での肩書はあくまでも「花屋」である。毎日、自分の手の中で花を束ねる。ザラッとして、でも生温かいものを手のひらに感じながら、ピンと張りつめた空気に触れる。こうした日々が、花を使った立体作品やインスタレーションの創作へと、自分を向かわせている気がするのだ。
もともと花に特別な興味を持っていたわけではない。辺りを見渡せば、そこら中に咲いているもの――花はそんな存在だった。
福岡の片田舎から音楽で成功することを夢見て上京したとき、それだけでは食べていけないからと探して始めたのが花の市場でのアルバイトだった。自分とは無縁だった世界で、ただがむしゃらに働いた。スタジオ代稼ぎのためだった仕事が今は本業となった。だが、蕾(つぼみ)が開き、五分咲き、八分咲き、満開、そして散って朽ちてゆく、そんな日々変化しながら短い命を全うしていく花の姿は、一瞬一瞬奏でては消える音楽にもどこか似ているようで、そのおもしろさにだんだんとひかれていった。
切り花を扱う花屋は殺して生かす≠アとが生業だ。もともと野に咲いているだけで十分美しいものを根から引っこ抜いて(いわば殺して=j、それを自分の手で生かして≠ィ客さんの手に渡す。花は再び多くの人の目に触れられ、そして終わる。人の手を加えるからには、本来の価値以上のものを生み出さなければいけないと思う。花一本一本、葉一枚一枚の命を背負う覚悟を持って、仕事をする。それは私にとっては365日ほぼ休みもなく、ただひたすら花と向き合うということだ。花屋を始めてから約10年、ずっとそんな思いとともに走り続けている。