人が花を贈るということは、どういうことだろうか。いずれは枯れていくはかない命でありながら、その一瞬の美しさに対して人はお金を払う。それだけの価値があるからだ。めでたい時も悲しい時も、私たちの傍らにはいつも花がある。
23歳の時、スーパーの店先で小さな花屋を始めた。寺の多い麻布の街角で、1束500円の仏花や花束は飛ぶように売れた。だが単なる「モノ」としてさばかれていく花を見て、心につっかえる違和感を感じていた。花はもっと美しく力強く、人の心に触れる何かを持っている。たとえ一輪の花であっても、その人のためだけの一輪を用意したい。一人一人違った思い入れがあるのだから、それを余すことなく表現してあげたい。そんな思いは日に日に強くなった。それが、フルオーダーメードの花屋を始める原点であった。
麻布を離れて銀座で開いた店には、花屋でありながら花を一切置かなかった。誰に、いつ、どんな思いを込めて贈るのか、お客さんに聞いた上で花を仕入れに行き、この世でただ一つの作品に仕上げる、という方法にしたのだ。
前例のないこのコンセプトは当初全く理解されず、店は閑古鳥が鳴く状態だった。しかしそんな中でもこの方法を信じて進み続けた。威張れる話ではないが、今ではこうして世の中に対して、少しずつその価値を発信できるようになったと思っている。
花屋で仕事をする時、そこには必ずお客さんがいて、花があって、自分がいる。ごまんとある花々の中からそれぞれのお客さんに合うものを選び、自分のクリエーションをぶつける。どれかが特出しても偏っても駄目で、その三角関係があるからこそ尽きることなく成長させられる。本気でお客さんと花と向き合う中でしか生み出せない一瞬の美。この腕一本でその美しさをとらえられるか、その絶妙な距離感を追求し続け、今日も花を束ねている。