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2010.2.3(水)更新  彩・美・風/芸術を生み出す"知恵
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彩・美・風
芸術を生み出す知恵

石川直樹さん
 ぼくがまだ20歳の頃、学生時代に自然現象を頼りに海を渡る伝統航法を、ミクロネシアの小さな島に通ってフィールドワークをしていたことがある。昨年10月に亡くなった文化人類学者クロード・レビストロースの代表作「悲しき熱帯」や「野生の思考」と出合ったのもこの頃だった。

 島を歩いていて、シングル・アウトリガーカヌーと呼ばれる、片側に浮きがついたカヌーを造っている現場に出くわしたことがある。車の部品を改造した手斧(ちょうな)を使いながら、1人のおじいさんの指示で、数人の男たちが木を削っていた。しかしそこに設計図などの図面は一切なく、すべては老人の経験知によって造られていた。彼が優れたカヌー職人であるだけでなく、星を見ながら舟を目的地に導く航海者であり、さらに家の屋根を覆う草のふき方も、薬として用いる草木についての知識も豊富であると知ったのは後のことだ。

 自分の身体を含め、あらゆることに精通する古老の背中を見ながら呼び起こされたのが、「野生の思考」に出てくる言葉「ブリコルール(器用人)」だった。専門的な技術者とは異なり、限られた道具や材料で様々なことに対応できる人のことである。人間は生きるために、いかなる技を生み出してきたか。レビストロースが説くように、それが芸術の誕生へつながっていくとすれば、あの島の老人はまさしくブリコルールそのものであり、究極のアーティストなのではないか。

 アートに対する自分の認識は、ここからはじまっている。美術史のなかで語られることはない。しかし、世界と密接にかかわりながら生きる人々が持つ知恵≠ノ、芸術の源泉がある。ぼくはそう考えている。すなわち、すばらしい料理人や酒造りの職人といった人々が、自分にとっての芸術家像に最も近いのかもしれない。

いしかわ・なおき 
 1977年生まれ。写真家。08年、開高健ノンフィクション賞受賞。2月13日まで東京都港区のキヤノンギャラリーSで個展「アーキペラゴ」を開催中。
石川直樹さん

(2010年2月3日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)


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