小学生の頃、習い事を始めることになった私は「お絵かき」か「空手」か、親から究極の選択を迫られました。結局、年上のいとこに誘われ、気がついたら白い道着に白帯を締め、道場の鏡の前で「オスッ!」。空手の型を練習していました。
運命の選択から5年間、私はクレヨンや筆を握るよりも拳を握っている時間の方が長い、たくましい少女時代を過ごすことになったのです。
そんな私が美術に目覚めたのは、大学に入ってからのことでした。比較文化学科に入った私は入学直後、数ある専攻科目から「美術史」を選択しました。経済、社会……と、興味がない科目を外してゆき、残った中から、バイトで続けていたモデルの世界に最も近いと感じた美術史を学ぶことにしたのです。
それまで旅先で有名な美術館に足を運ぶことはあっても、ただ「行った」「見た」という事実で満足してしまって、深く向き合ったことはありませんでした。そんな私が東洋の美術を選んだきっかけは、シルクロードの仏像たちとの出会いでした。授業中に、映写機から映し出された仏像たち。写真の中でにっこりほほ笑む仏さまのお顔は、生まれた土地、時代によって、こんなにも違う……。私は、仏像の世界の広さ、深さに魅了されてしまったのです。
生まれて初めて目を向ける、東洋の形や色彩に驚き、私はその作品が誕生するまでの伝説や歴史に耳を傾けるようになりました。仏像に限らず、美しいものも、目を背けたくなるような作品も、すべて、その時代を生きた人間の心と体から生まれてきたもの。遠い国の文化と時代が交差し、そこから誕生した美術が何千年、何万年たった今も、私たちの心を動かしているなんて……。
いつの時代も、人々に神秘と美しさを届けてきた東洋美術との出会い。拳を握り、武道に励んでいた頃に学んだ東洋の精神がこの時、よみがえってきたのかもしれませんね。