私が初めてパリのギメ美術館を訪れたのは、大学を卒業して間もない頃でした。この時、私はフランス語を勉強するため、約四カ月間、パリの語学学校に通っていました。生まれて初めての一人暮らし。週末は朝市や蚤(のみ)の市を巡り、平日は授業が終わると、ギャラリーや美術館に足を運んでいました。普段は学生割引を使い、無料で美術館や映画館が開放される特別な日は、もう映画&美術ざんまい。ここぞとばかりに、美術館のハシゴを楽しみました。そんな時に出合ったのが、東洋美術の宝庫と言われる、ギメ美術館でした。まだリニューアルされる前のことです。
写真でしか目にしたことがなかった、インドや中国、日本の仏像。展示室には、歴史を刻む彫刻たちが、静かに並んでいます。その前で、床に寝そべる若者や、彫刻のスケッチをする学生たち。えっ、いいの? 日本の美術館だったら、展示室の角には必ず、監視員の方が座っていらっしゃるのに、ここでは見張られている気配がまったくありません。見慣れない光景に、最初は戸惑いましたが、二度、三度と通ううちに、私も皆と同じように、床に寝そべっていました。
日本の家族や友達が少しずつ恋しくなってきた時でもあり、見上げると、にっこりほほ笑んでいるインドの仏さまが、私の心を温めて下さいました。同じような格好で、お気に入りの仏さまの前で時を過ごす若者たちも、人恋しくて、ここへ集まっているのかもしれない。別の国、別の時代に生まれた仏像と人間が、パリの美術館でほほ笑み合う。それはもう、展示室にいるのを忘れてしまうほど、神秘的な空間でした。
あらゆる国籍を持つ人々が、あらゆる理由を抱えてパリにやってくる。言葉を超えるアートの世界は、異国で感じるさみしさや不安を和らげてくれます。かつての私がギメ美術館の仏像の前で自分の居場所を見つけたように。あれほど、美術を心から求めていた時期はなかったかもしれません。
◇7月はフリーランス・キュレーターの児島やよいさんの執筆です。