私の美意識の原点は、子どものころを過ごした昭和初期の長崎にあります。幼いころから竹久夢二、高畠華宵といった人たちの美人画が身近にありました。実家がカフェや料亭をやっていたので、美しく着飾った女給さんたちがたくさんいて、叙情画家の挿絵や婦人雑誌、少女雑誌が部屋のあちこちに置いてありました。そこに描かれた女性のたたずまいや着物の柄を、幼心に「きれいだなあ」と思いながら眺めていました。大正ロマン、昭和モダンの香りが漂っていましたね。
本の装丁や雑誌の挿絵にも夢がありました。キンダーブックの絵本や初山滋、山口将吉郎が表紙を描いた雑誌「少年倶楽部」をはじめ、今個展を開いても十分に絵画として鑑賞する価値のあるものばかりでした。
アール・ヌーボーからアール・デコにかけての文化が色濃く残っていたんですね。美術も音楽も映画も、すべてが爛熟期(らんじゅく)を迎え、洗練された文化が花開いた時代です。海外への窓口だった長崎という土地柄もあるのでしょう。オランダ、ロシア、中国、朝鮮といった様々な国の文化が行き交う中で、あらゆる芸術に囲まれて育ちました。
生活の中にロマンや叙情性が息づいていました。家のすりガラスにも富士山や市松文様、渦巻きなどのユニークなエッチングが入っていました。芸術も身のまわりのものも、すべてが「美」を基準に作られ、選ばれていたのです。
戦後の日本は、美を排除して機能性や利便性、経済効率だけを追い求めるようになってしまいました。コップ一つにしても、今はただ水が入ればいいという紙コップ同然の代物ばかり。機能美なんてものはありゃしません。昔はエッチングや切り子のグラスで目でも楽しみながらお茶をいただいたんです。心に潤いがありました。
でもだれもが本当は美しいものや叙情的なものに飢えているのです。日本にかつてあった、本当の意味での「豊かな暮らし」を今こそ見直すべきだと私は思います。