行儀よく機械で漉(す)かれた紙へ手紙を書くことに、なんとなく違和感を抱きはじめた頃、手漉きの紙を専門に取り扱う紙舗直(しほなお)さんと出会った。
東京都文京区白山の店舗へ足を踏み入れると、幕末の頃、イギリスで作られたアルビオンプレスという手引き活版印刷機が、展示物としてではなく現役の印刷手段としてそこにたたずまうことにまず驚かされる。
1階には白い紙が、そして2階には、店主の坂本直昭氏が自ら天然染料で染めた産地も原料も異なる紙が数万枚、展示・収納されている。
紙そのものと、柿渋や松墨などの香りが入り交じり、BGMすら流れない店内の空気は、探求心に満ちた多感な頃の胸の高鳴りを思わせる。
「俺(おれ)は日本の伝統だとか、侘(わ)び寂び? 人間国宝だとか、そんなものを扱いたいんじゃないんだよ」
84年春、彼岸の開店を目前にしてこしらえた棚はガラガラだった。不細工でも、不ぞろいでもいい、誰かがすでに認め格付けしたものではなく、氏がその足で探し、その目で見つけ出したものをこそ、人生の門出に伴いたかったという。
高知の四万十川上流で、老夫婦が漉く十川泉貨紙(とおかわせんかし)に出会ったのは、開店の1カ月前。機械を使用すれば省ける工程も手で行うこの紙にすべてを託した。
紙を染めるのは、生(き)のままでは売れないからだ。染めた紙の在庫は増えるばかりだが、紙漉き職人から紙を買い続けるという使命のもと、1ミリにも満たない中にある何かを見つけ出そうと、新潟は小国の工房に籠(こ)もり、創作を続ける。
上手(うま)くなりすぎないように、無心で刷毛(はけ)を滑らせた紙は、一枚一枚が人格を持っているかのように見える。
胡桃(くるみ)で染めた小国紙を便箋(びんせん)にすべく、その場で水切りしていただいた。筆のすべりはすこぶる良し、この紙とは長い付き合いになりそうだ。
紙の存在意義が問われる昨今、それは命と命を繋(つな)ぐものと言える人はそうそういるものではない。
「実は、千利休を一番意識して、反発しているかもしれないね。彼の美意識を壊したいんだよ」
そんな風にうそぶいてみせる氏こそ、利休居士の真の理解者であるように思えて仕方がなかった。