私が茶杓(ちゃしゃく)というものに少なからず興味をもつようになったのはごく最近のことで、それまでは全く関心が向かなかった。一片の竹片をいじくりまわす茶人の姿にどこかいじましさのようなものを感じ、どうも胸にスッとこなかったからである。
ところが、茶碗(ちゃわん)などをつくるようになって、焼成中に窯きずで口縁などが欠けてしまうことがままあり、専門の金継ぎ屋さんに頼むと随分高くとられてしまう。それならば自分で漆で金継ぎをやれば、それが茶杓にも生かせると思ったのだった。ちょうどその頃、かねてつきあいのあった島根の老茶人から下削りの茶杓が数十本送られてきたのをきっかけに、ものは試しと茶杓づくりに挑戦し始めた。
漆の手ほどきをしてくれる友人が、茶杓にも多少心得があり、懇切に教えてもらううちに、見どころなども少しずつわかってきて、思いもよらずはまりこむこととなった。
私の家には古くから伝わるさまざまな人の茶杓がある。利休が秀吉の勘気を蒙(こうむ)って切腹の場に臨んだ時、その高弟である細川三斎に印可相伝の心として与えた茶杓の話はつとに有名だ。これは惜しくも焼失したが、その利休や細川幽斎、古田織部ら、歴史の上に活躍した人たちの茶杓を手にとると、いみじくもその人となりが、この一片の竹の上にも顕(あらわ)れているように思えてくる。
茶道具の中で、茶人自らが手を下して作れるものは、主としてこの茶杓と竹花入ぐらいだが、茶杓は小品であることもあって花入ほど強い個性は感じられない。しかし、『竹の手芸』の著者池田瓢阿氏が「茶杓は茶人自ら刀をとってつくるもので、それには作人の魂がこもっている。茶人の魂といってもいい。茶杓の伝書でも、茶杓の精神的な面については不立文字とのみ教えている」といっておられるのには全く同感だ。
利休や幽斎、三斎の茶杓も一見したところ、ほっそりとして、女性的な感じすら受けるのだが、手にとってみると、その凜(りん)としたきびしい姿には、人をして思わず襟を正さしめるものがある。