3年ほど前からぼくはフランスに住んでいる。
パリから電車で1時間足らずの小さな町で、広い森の中にある。かつては王侯貴族の猟場であったこの森には今もシカやイノシシがいるというが、見かけたことはない。たまにウサギやリスを見るくらい。
今年は黄葉が格別きれいだった。赤くなる木がほとんど無いので、紅葉ではなく黄葉。その黄色も、緑に近いものから褐色まで無数の色調があって、そこに斜めに日が差しているところなどつくづく美しい。
森を見る時、人は森ぜんたいを見ている。一本の木に注目していると思っても、実は他の木々との対比において見ている。それが森を見るということだ。
その一方、本当に関心がある時は視線は細部に向かう。一本の木、その枝、花や葉や実。その木をすっかり理解しようとする見かたがある。
『北海道主要樹木図譜』という本が昔から好きだった。木の図鑑だけれど木を遠くから見た絵はほとんどなくて、葉や小枝や「子房と花盤の断面」など、ひたすら細部ばかり。本来が林学のための本なのだ。
作られたのは大正時代。85種を網羅し、着手から完成までに18年を要している。木を相手にするものは季節を何巡もしなくてはならない。そういう仕事だったのだ。
制作者は宮部金吾と工藤祐舜(ゆうしゅん)という2人の植物学者と須崎忠助という画工。あの時代にあって、画工の須崎には「絵具はフランス製のものが道庁の経費で惜しみなく準備された」という。
彼については「非常な酒好きであったにもかかわらず、筆が乱れたり線がふるえたりしたことはまったくなかった」という伝説もある。
この図譜ができあがった翌年に工藤は44歳で急死している。須崎もまたその翌年に亡くなった。
この図譜を見ていると、美は細部に宿るということがよくわかる。