蠣崎波響(かきざきはきょう)という画人がいた。
江戸時代の人で、蝦夷地、すなわち後に北海道と呼ばれることになる大きな島を支配した松前藩の家老。
松前藩は特異な藩だった。アイヌを使役して昆布や鮭や海鼠(なまこ)、その他の産物を集め、それを売って糧米の代わりにしていた。それも自分で指図するのではなく、地域を指定して業者に任せる間接統治。
その松前藩の重鎮だった蠣崎波響に「夷酋(いしゅう)列像」という12点からなる肖像画のシリーズがある。アイヌの有力者たちの肖像=写真左は「ツキノエ図像」、国立民族学博物館蔵。
昔からとても気になっていた。すごく強い力があって惹(ひ)かれる。渡辺崋山の「鷹見泉石(たかみせんせき)像」を思わせる日本画の肖像の傑作。だけど、印象のどこかによそよそしいものがある。立派な衣裳を着ていかにも豪傑の風だが、なんというか心が通っていない。目がうつろ。
もう一つ、ずっと気になっていたアイヌの像があった。松浦武四郎という江戸時代の探検家が描いた「蝦夷人物図屏風(びょうぶ)」=写真右は部分、松浦武四郎記念館蔵。こちらは立派な服は着ていない。だけどこちらも奇妙な目つきをしている。「ツキノエ」の目がうつろなのに対してこちらは異常な集中。
こいつ、何をしているのか? 猟人である。矢がまっすぐかどうか、ちゃんと飛ぶかどうか、矢羽根の方から透かし見て確かめているのだ。
この2点の絵がぼくの中でなんとなくセットになった。ちょっと勉強してみると、蠣崎波響がこの絵を描いた数年前にアイヌは反乱を起こしていた。それを強引に鎮圧した後、松前藩はアイヌに対する統治の威力を外に向かって誇示しようとした。そういう政治的配慮と波響の画才の協力がこの絵を生んだ。
それに対して松浦の方にあるのはアイヌへの親近感だけ。