改めて考えてみると、風景が好きなのだった。人の顔はしみじみおもしろいし、野の花にも惹(ひ)かれる。二十倍ほどの顕微鏡で見る昆虫の細部は驚異に満ちている。
しかし、視覚体験の中でどうしても一つと問われて選べば、それは風景になる。それも地平線が見えるような広いところ。
30年前に、小さな飛行機でナイロビからビクトリア湖に飛んだことがあった。操縦士の横の席に坐(すわ)って、アフリカの大地を見下ろした。それがこれまでに見たいちばん大きな風景だった。
アフリカ大陸にはグレート・リフト・バレーという地溝帯が南から北に走っていて、ビクトリア湖はその中にある。ナイロビから行くと数百メートルの高度差があって、その分だけ風景は雄大に、幅と奥行きを持って見える。
昔の人は決してこの風景を見ることができなかった、と考えると不思議な気持ちになった。軽気球や飛行機が発明されるまで、これは人間にとってあり得ない視点だった。身長数百メートルの巨人の視点。それにも関(かか)わらず人はしばしば上空からの絵を想像で描いてきた。
操縦席の至福は長くは続かなかった。ずっと遠くに湖の広い水面が見え、それがみるみる近づいて、滑走路が迫り、あっという間に飛行機は着陸した。ああ、地上に戻ってしまったと少しだけ落胆した。
最近、自分が書いた小説の中にチリのアタカマ沙漠(さばく)が出てきた。話の展開上、主人公にそこに行くことを夢想させざるを得なかったのだが、写真を見ているうちに自分でも行きたくなった。
「沙」漠と書いたのは、この地形の特徴が砂が多いことではなく、水が少ないことだからだ。年間の雨量が1ミリという超乾燥状態。山に挟まれた細長い盆地で、干上がった平坦な塩湖がある。
要するにまったく非人間的な土地。この地球の上において自分など何でもないということを五感を通じて嫌でも納得させられる風景。
その風景の中に立って自分の目で見てみたいと思う。
◇1月はアートプロデューサーの山口裕美さんによる執筆です。