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ニコル・ルーマニエールさんは、東大大学院に客員教授として来ておられる日本の焼き物の専門家である。「これは辻先生向きです」と彼女が差し出したのは、「針聞書(はりききがき)」という冊子の一部をカラーで紹介したもので、「虫の知らせ」(ジェイ・キャスト刊)と題してある。中身を見て、なるほど奇想だ、と納得した。
冊子は、およそ5年前に大阪の古書市に出て、九州国立博物館の収蔵となった。茨木元行という戦国時代の人物が残した秘伝書である。原書ではなく写しらしいが、私の目を奪ったのは、驚くべき稚拙さで描かれた63の挿図だ。千差万別、想像の限りを尽くして、体内に巣くう虫のイメージを展開させている。画技の素養を全く欠くがゆえに、かえって得られた自由奔放さである。一部は墨や落書きで汚されているが、施された彩色が美しい。戦国時代のアール・ブリュット(生の芸術)というところか。
絵はどれにしようか。心臓に入れば血流が乱されて眠気が来るというとぼけた「欠伸(あくび)の虫」=写真右=が私の好みだが、脾臓(ひぞう)にいて、鋭利な六本のつめで宿主の飯を食う「悪虫」=同中=、大病の後で胃に現れるという「大病の血積」=同左=など、どれも捨てがたい。
奇想とは、人目を驚かし楽しませる変わった発想のことだが、その実態はさまざまだ。奇をてらったわざとらしい奇想、作者の内側から発する天然の奇想、技のつたなさが思わぬ効果に結びついた奇想……。天然にして稚拙、これが私の求める奇想だが、この本はまさにその見本だ。
日本人は虫とどう向き合ってきたか、という興味ある問題を自在に論じた笠井昌昭氏の一文もおもしろい。
◇3月は自動人形師の武藤政彦さんによる執筆です。