 初期の人形 |
当然ではあるが、私は初めから「自動人形師ムットーニ」であったわけではない。30歳くらいまでは、ひたすら油絵を描いていた。美術学校を卒業した後も、描くという行為を生活の第一に置くため、多くのコンクールへの出品や個展を自らに課した。だが認められたいあまり、公募展では傾向と対策を練るようになり、いつしか個展も本来の意味を失っていった。「無意味だ」実に無意味だ。
だが幸いなことに、私は表現することへの情熱を失ったわけではなかった。いや、行き詰まったことでかえってそう気づいたのだ。それはある執着からの解放を意味していた。私は「それまでやっていない事」、そして単純に「楽しめる事」をやってみようと思った。とりあえず、今まで描いた油絵の登場人物を立体にすることにした。近所の文房具屋に行き、素焼き用の粘土を買った。手のひらに粘土を取り、冷たい土の感触を確かめながら、まず1体。驚いたことに、何の迷いも違和感もなく絵の中の人物がゴロっと手の中に現れるではないか。
「楽しい」実に楽しい。寝食を忘れ没頭した。200体ほど作ったであろうか。次は、彼らを油絵と同じように配置することにした。簡易ステージを作り、やぐらを組み裸電球の照明をセットした。何体かをステージに乗せ、部屋を真っ暗にして裸電球をともす。浮かび上がったものは、「凍結した時間の中で繰り広げられる人形たちの無言劇」だった。
「おもしろい」実におもしろい。また寝食を忘れた。だが、このおもしろさをどうやって伝えればいいのか。平面の世界から現実になった彼らを写真に撮るだけでは物足りない。かといって、いちいち部屋に人を呼んで見せるわけにもいかない。結局私は彼らを持ち運ぶため、箱の中に入れることにした。キャンバスというフレームから解放された彼らは、こうしてまた新たなフレームの中で生きることになった。
そして私も「絵描き」から「人形師」の領域へ踏み出した。だが、「自動人形師」への道のりは、また次回。