「絵描き」から「人形師」となった私だが、人形を動かす気は全くなかった。「時間が染み込んだ無言劇」という油絵のイメージがあったからだ。だが、裸電球の当て方を変えるだけで、人形の表情や物語が目の前で変化したことを無視できなかった。
私は壊れたレコードプレーヤーを回転舞台に見立ててみることにした。箱の中にセットして人形を置き、裸電球をともしプレーヤーのスイッチを入れる。回転とともに移りゆく影。「これは一体!」。人形に染み込んでいた時間やぬくもり、あるいは追想といったものがにじみ出てくるではないか。何回転かしてから人形を止める。もはや同じ人形とは思えなかった。何処か遠い世界を旅してきたような……。そして私もまた、その旅の同伴者だった。
人形が一回転するだけで、物語ができるかもしれない。そう直感した私は、即席の回転舞台のセットを作品化することにした。そのためには、ライトもモーターも必要だろう。そして22年前のある日、秋葉原の電機部品街を訪れた。迷路のように入り組んだ狭い路地に、所狭しと並ぶパーツ屋と見慣れない部品の数々。
「これはなんだ!」
そして時折背後を行き交う人々から発せられる聞き慣れない言語。
「ここはどこだ!」
私は1軒のパーツ屋で、小さなスイッチらしきものをつまみ上げた。「どうやって使うんですか?」だが店員の答えは「知らねえな」。その答えは私の好奇心に火をつけた。
私は人形を動かすヒントを身の回りで動いているものに求めた。そうなると時計、オモチャ、エスカレーター、果ては踏み切りの遮断機に至るまでがやたらと気になりだす。手近にあるものは片っ端から分解して仕組みを確かめ、間違った配線で何度も火花を散らした。
こうして私は「自動人形師」の領域に踏み出した。今では3〜4分ほどの作品の演出を0.1秒単位で綿密に制御できるようになった。だがその大元を担っているのは、いみじくもあの時たまたま手にした小さなスイッチ=写真=なのだ。
(自動人形師)