いくつかの仕事と個展を開催するために上海に行ってきました。とにかく取材をたくさん受けたのだけど、来る人来る人全員に「なぜこんなにカラフルな写真なのですか?」「どうしてカラフルな色彩感覚になったのですか?」「カラフルな写真で何を伝えたいのですか?」と聞かれ、毎回困ってしまった。
う――ん、なんでだろ? 改めて聞かれると答えづらい。なぜカラフルか? そもそも自分の写真がそんなにカラフルという自覚がないし、カラフルに撮ろうと思ったこともない。ましてや、カラフルで、色で伝えたいことなどまるでない。
決定的に違うのは、私はカラフルに撮ろうと思ったわけではなく、撮りたいものを撮ったらカラフル(特に自覚はない)だったということ。実は色味に関してそんなに執着はない。
写真を始めた当初はモノクロばかり撮っていた。ある日カラーに変更したとたん、周囲の人が「なんてカラフルで派手なんだ!!」と驚いてくれて、その驚きに驚いた。たまたまカラーの話になったけれど、私の場合、写真を撮るすべてに関して言えることで、とにかく撮影時に理屈で写真を撮らない。心が動いたからシャッターを押す。とにかくそれだけに集中している。ここがポイント。そこにはなんの意識も自我もなく、いい写真を撮ろうという気持ちも当然ない。
まず最初に音が消え、暑さも寒さも感じなくなり、だんだんまわりの風景が溶け始める。
最後、世界はファインダーのなかだけになり、そこには私と被写体しかいない。調子がいいと最終的には自分の輪郭もなくなり、撮るものが人でも花でも風景でも完全に一体化する。
そんなわけで撮っている時のことすらあまり覚えていない私に、「なぜカラフルか、なぜ花を撮るのか、なにを伝えたいのか」と聞かれてもうまく答えられない。
よく聞かれるので理論で説明することは出来るけど、それはあくまで後付け、理屈は後からついてくる。私にとって写真を撮るってそういうこと。その順番が変わることはありません。