日本庭園は自然と共に発展してきました。里山のような優しい起伏を伴う山の風景や、雄大で美しい山岳。清らかな渓流や大海を思わせる水の風景。樹木や草花があり、四季折々の変化を身近に感じることができます。
日本は風光明媚(ふうこうめいび)な自然景観に恵まれています。普段の暮らしの中で当たり前のように自然と接してきたからこそ、その美しい自然観を庭園の中に作り出すことができたのです。しかし戦後、日本の発展過程の中で、残念ながら数多くの景観が損なわれました。
庭園の背景にある風景を取り込み、庭園全体の空間と美しさを広げることを借景といいます。京都市左京区にある山県有朋の旧別荘「無鄰菴(むりんあん)」では背景の東山を地続きのように見せています。古い庭園を見ると、借景としての立地条件をよく吟味した上で庭造りをしているのがよくわかります。
しかし近年の高層建築や原色の看板などによって、急速な景観破壊が進んでいます。建物や庭園は、美しい環境の中にあってこそ魅力を増します。現代人の住まいと照らし合わせてみても、周辺環境の美しいところや閑静な場所を好むのと同じ感覚です。
また騒音の問題も庭造りに深くかかわってきます。静かな山奥の趣を持った庭園なのに、周囲から車の音が入ってきては雰囲気も台無しです。
水は生命の源であり、常に変化する流れの文様、落水時の音は、現代の都市で生活する人々に、心を和ませる効果をもたらします。そこで滝を落とし、水の流れをつくり、水音で周辺の騒音を消すのです。環境の変化に伴い、庭園の在り方も少しずつ変わってきているのです。
急速な文明の発展は、人類にとって大いなる利便性をもたらす一方、逆にそれに追われてしまっているのも現状です。そんな中で、自己完結した自然の美しさを持つ庭園の果たす役割は、今後ますます不可欠になってくることと思います。
◇1月は建築史家の斉藤理さんによる執筆です。