現在千点を超える現代美術の高橋コレクションの始まりは97年になる。経済バブルがはじけて長く鬱々(うつうつ)とした時代だった。女子高生の上に「へのへのもへじ」を描き込んだ会田誠の作品と草間彌生(やよい)の「インフィニティ・ネット」が最初のコレクションになる。
90年にクリニックを開業して7年。ようやく精神科医として余裕が出てきた頃で、50歳を過ぎていた。振り返ると多分、自分の中に10年ぐらいの周期で小さな熱狂が起きるのだと思う。
20歳の頃は全共闘運動、30歳の頃はそれが見つけられず苦しんだ。40歳の頃には国際協力事業団(現・国際協力機構)の仕事でペルーのクランデーロ(民間療法師)のフィールドワークに打ち込んだ。
そして50代。加速度的に興味ある作家たちのコレクションが増えてきた。山口晃、小谷元彦、西尾康之、鴻池朋子。目と脳の発熱と言ってもよかった。
同じ頃に始めたアルゼンチンタンゴを踊ることは、体の発熱を呼び起こした。双方が呼応し合うように、アートをコレクションするとタンゴを踊りたくなり、タンゴを踊るとアートを観(み)たくなる日々だった。
夕食はワインだけのその頃は、熱にのぼせた修行者のようだったろう。あろうことか、ダンスを始めて1年ほどなのに、ニューヨークやブエノスアイレスの世界的ダンサーに個人レッスンを受けながら美術館を巡るまでになった。まさにコレクションという熱狂はアルゼンチンタンゴとともにやって来たのである。
コレクションとは、子供時代に夢見た王国作りの再現だと考えることがある。私が10歳の頃は、オニヤンマをひたすら追いかける昆虫採集少年だった。空高く飛ぶオニヤンマは小学生の自分には手の届かぬ孤高の存在だったが、まれに雨宿りしているところなどを捕まえることができた。
今私は遠くオニヤンマを見つめる少年のように、アート作品を憧憬(しょうけい)する。