毎年、釈尊生誕を祝う4月8日の花祭りの前後には、寂庵の床の間に、熊谷守一さんの誕生仏の墨絵の軸をかけることにしている。
守一さんのこの誕生仏は、天を指す右腕に力がこもっていて、体より太く大きく感じられる。よく見れば、それほど誇張されているわけではないのだけれど、その右腕にみなぎったエネルギーが観(み)る者の目を射ぬくようで、思わず自身の上体がそりかえっているような気にされてしまう。
「天上天下唯我独尊」と叫ばれたという仏伝では、この時の誕生仏は赤ん坊の筈(はず)だけれど守一さんの誕生仏は老人の顔で、そのまま、守一さん自身の自画像のように見えてくる。
左手はすんなり地を指している。
釈尊は生まれてすぐ前後左右に7歩ずつ歩き天と地を指さして、唯我独尊の語を発せられたと伝わっているが、そんなことがある筈はない。この語の意味も様々に受けとられようが、私は出家後、ひとり考えぬいて、
「天にも地にもわが命は唯一のものである」
と解釈した。人それぞれが、天上天下唯(ただ)一つの命をいただいて生まれたからこそ人の命はかけがえのない尊いものだという解釈で、私はこう考えて心が定まってきた。
縁あって守一さんの絵や書を若干手に入れたが、中でもこの誕生仏をみつめていると、一度もこの世で逢(あ)ったこともなく、声を聞いたこともない熊谷守一という偉大な自由人の魂が、じかに話しかけてくれるような感じがして、体内にも心にも、生きるエネルギーが満ち満ちてくる。
この釈迦を描いた時、守一さんは、もう精神は濁世(じょくせ)を脱して、自由に幽界に遊んでいられたのだろう。
現実と非現実の世界を自由に往来しながら97歳で逝去するまで筆を放さなかった偉大な芸術家は、絵も書も晩年ほど、澄明、簡素の極地に達している。