「俺(おれ)は毎日こうやってキャンバスに絵を描いているのだ。認められるかどうかは問題じゃない。描いているかぎり、俺は一瞬一瞬、勝ってるんだと自分にいいきかせているんだ。もし描くのをやめちゃったら、俺はただの東洋人のジジイにすぎないじゃないか」
こう宣言したのはギューちゃんこと篠原有司男(うしお)である。場所はマンハッタンのチャイナタウン、それも裏路地にある彼のアトリエ。今から22年前、わたしが留学の下見に初めてニューヨークを訪れた時のことである。初対面のわたしに彼は容赦しない話し方をした。「金なんてなくったって何とかなる。インスタントラーメンがひとつ30セントだったら、毎日食ってひと月30ドルでやっていけるじゃないか」。事実、この時ギューちゃんは日本のラーメンの包装紙に想を得た巨大な油彩を手掛けていた。
戦後、日本人でアメリカに渡った美術家は多い。日本の伝統とやらを観光客向けにわかりやすく神秘化して有名になった者もいれば、日本とは無関係に形而上学(けいじじょうがく)的な遊戯に向かった者もいる。挫折し、日本人向けのガイドで食っているうちに置き去りにされてしまった者もいる。このなかで篠原の存在だけが、わたしには際立ってアクチュアルに思えた。彼は日々を画家として真剣に生きていた。24時間、芸術のことしか考えていなかった。目の前にあるすべてのものは、自分の作品の素材になるかならないかのどちらかであり、後者は無として切り捨てられた。
混沌(こんとん)きわまりない色彩と形態の饗宴(きょうえん)を何十年にもわたって描き続けてきた篠原が、実はひどく視力が弱く、巨大なキャンバスに両眼を恐ろしく接近させて描いているということを知ったのは、ごく最近のことである。そうか、あらかじめ構図や体系を拒否したところに作品は生まれるのだと、わたしは妙に納得がいった。ギューちゃんは永遠なのである。
◇6月はノンフィクション作家の島村菜津さんによる執筆です。