目下、長年調べてきたイタリアの聖人についての本を執筆中だ。キリストと聖母ではなく「その他大勢」である。その他大勢ではあるが、聖人たちを描いた絵は、それを祈りの対象とする庶民の心象風景が生き生きと描かれている。
学生時代、北イタリアの小さな教会で、巡礼のマントをはおり、杖(つえ)を手にした長髪の若者の像を見つけた。よく見れば太腿(ふともも)をあらわにし、内股の傷を指さしている。足元にはパンをくわえた犬。つくづく妙である。
調べてみると、ローマに巡礼に来た帰り、ペスト患者の介護をするうち自らも感染した南仏生まれのロッコという聖人だと分かった。死にかけていたら犬が現れ、傷口を舐(な)め、毎日パンを運んできて、ついに蘇生したという。イタリアではかなりの確率で教会の隅にその像がたっている。キリスト教の世界で、長く卑しい存在とされてきた動物が重要な役回りを演じているのも面白い。小鳥に説教する聖フランチェスコなど、動物好きの聖人も多い。全(すべ)ての聖人の日「万聖節」は、もともと全ての神々を祭るパンテオン神殿に倣ったもの。古くは5月の祭りだったが、死者が蘇(よみがえ)り、世界が一新するとされたケルトの収穫祭にあやかり、9世紀になってから11月に移行されたという。これが前夜祭、ハロウィーンにこだましている。様々な太古の信仰をのみこんだ聖人の世界は、どこか多神教めいてもいる。
粉末化した血が液化する奇跡で知られるナポリの聖ジェンナーロ、サンタクロースのモデルとなった南イタリアの聖ニコラは、当地では今も篤(あつ)く信仰されている。そんな土着性の強い町の守護聖人は、地方分権の象徴でもある。
キリストや聖母はりっぱすぎて遠い。私が聖人に惹(ひ)かれるのは、子どもから寡婦、貴族から物乞(ご)いまで見いだせる聖人が、うんと身近で親しみを覚えるからである。
◇次回からはミュージシャンの坂本美雨さんによる執筆です。