思い返せば、幼い頃から心揺さぶられてきたものは、身体そのものを使った芸術や表現でした。
全身で歌い演奏する両親の姿。母のコンサートのバックで踊っていた前衛舞踏家のぐねぐねとした奇妙な動き。それを子ども心に面白がって頭から白いシーツをかぶり、テクノ音楽に合わせて踊っていたこともありました。
そして9歳の時、新天地のニューヨークで出会った「シルク・ドゥ・ソレイユ」。身体を自由にしなわせ、ロープを自在に操って滑らかに空間を移動するパフォーマーたち……。美しい照明の中で、まるでそこだけ重力が消えたように軽々と人間が飛び回る光景に私は衝撃を受け、いつのまにか涙を流していました。
私たちが歌や踊り、演劇で感動できるのは何故(なぜ)だろう。演じ手たちがそこに在ることで生まれる「何か」を感知し、身体の果てしない可能性や、影響し合うことで起きる奇跡を無意識に感じるからでしょうか。私はその「何か」に心を捕らわれ、いま歌を歌っているのではないかと思います。
歌い始めて気づいたことの一つに「呼吸」があります。今日も明日も、私たちは息を吸い、吐いている。生きるとは、呼吸をすること。でも実際は、急ぎ足で過ぎる日々の中で、それに気づかないまま暮らしています。私が呼吸していることを意識し、同時に「生きていること」を思い出させてくれたのは「歌」でした。
身体さえあれば、何かが生まれる。息を吸って吐くだけで、歌を生み出せる。今この瞬間も何かを表現できる。私たちは、そんな可能性と希望に満ちた身体を持って生まれてきました。
身体から生まれる言葉や心のつながりについて、この連載の中で自分なりに掘り下げていけたらと思います。