この連載の初めに「身体さえあれば、何かが生まれる」と書きました。私は、自分が何か意味あるものを生みだせないんじゃないかと悩んでいた時に、呼吸法などを通して「そうか、歌は呼吸そのものなんだ」と気付き、心から歓(よろこ)びを感じました。決まったメロディーや歌詞がなくても、すーっと吸ったその息が自分の身体を通って想(おも)いをのせて還(かえ)っていく時、それは「歌」になる。当たり前に思っていた自分の身体をとても愛(いと)しく思ったのです。
感情と動きは切り離せないもの。英語で感情は「エモーション」、動きは「モーション」。「感情」という言葉が「動き」という言葉を内包しています。感情が動きを生み出し、時には動きが感情を生む。心と身体が一体化した時に生まれてくる表現こそ嘘(うそ)偽りがなく、赤ちゃんの無垢(むく)な笑顔につられて顔がほころぶのと同じように、そうした表現は人の心を打つのだと思います。
演劇も、私にとって身体のすごみを感じる世界です。人が自我を捨て、内面から別の何かに成り代わる時、「この人、憑依(ひょうい)している」といった、圧倒される感じを受けます。
また、人間の五感でしかはかり得ない「間」。素晴らしい演者は、感情を伝えるための絶妙な「間」を本能的にはかれるのだと思います。そして、同じ内容でも一つとして全く同じ舞台が無いのは、演者同士の身体が毎日変化し、さらに観客がその場で感応することによって空気も変化するから。そんな身体同士の化学反応も、演劇の魅力です。
身体で表現できるイマジネーションの世界や、身体同士で直接感じ取れるものを私は強く信じています。いつか、そんな身体が生み出す芸術にあふれた、生の音楽や声と踊り、演劇が融合した舞台空間をつくりたい。幼いころ見た舞台のように、目には見えない美しい瞬間を同じ空間で人と共有することを、夢みています。
◇8月は慶大大学院教授の坂井直樹さんによる執筆です。