自分自身のことを「コンセプター」と呼んでいる。自分でデザインをするのではなく、こういうものを作りたいとデザイナーと語り合い、クライアントと話し合うことでこれまで様々なモノを提案し、形にしてきた。それが僕の仕事だ。
自分の原点を考えると、69年という年が思い浮かぶ。当時僕は大学生だったのだが、今のアメリカを見ずに未来を考えることなんてありえないと勝手に考えて日本を飛び出した。それまでに出会っていたのはライフスタイルの案内人と言えるビートルズ、アートの革新者のアンディ・ウォーホール、そしてネット社会を予言していたとも言えるマーシャル・マクルーハン。アメリカで、僕は幸運にもこうした現象の最先端を生で感じることができた。
大量生産、再生産。アートにそれを持ち込んだのがウォーホールだ。大量生産可能な手法で、しかもどこでも手に入るスープの缶詰を版画にしてオリジナルのスープ缶より高く販売するという、それまでの芸術の考え方では受け入れられない大きなショックを彼は与えた。若者はこれに喝采。僕もそうしたひとりだった。ウォーホールはまさに芸術を大量生産していき、時代はそれを受け入れていった。
こんな可能性にドキドキしながら僕はサンフランシスコで会社を設立し、当時の世相を反映した「反体制」の象徴としての「入れ墨Tシャツ」の製造販売を始めた。入れ墨という基本的にコピーでありながら個人的なものを大量生産に持ち込むというのはまさにウォーホールの流用。これがロサンゼルスで受け入れられ、流れ流れて今日の僕に至る。ウォーホールがいなかったら今の僕はないなと、これは本当に思うところ。
次回はプロダクトデザイナーで友人のマーク・ニューソンの話を。