東京ミッドタウンの21_21デザインサイトで「山中俊治ディレクション『骨』展」が30日まで開かれている。山中さん本人の作品だけでなく、タクラム・デザイン・エンジニアリングなど、エンジニアとしての腕を持つ様々な才能が骨というテーマに触発されて作った作品が並んでいる。
僕は山中さんと88年にオリンパスの「O−product」を一緒に手がけた。カメラと言えば黒いものばかりだった当時、アルミむき出しのボディーは斬新なものになった。さらに機能を目立たせるためフラッシュを別パーツにしたりと、それまでにないものに仕上がった。エンジニアの心がある山中さんだからこそできた形だ。
当時、エンジニアでありながらデザイナーであるという存在は珍しかったように思う。けれど、今ではデザインだけでなく、アートの分野でもエンジニアだからこその作品を作っている人が増えているように感じる。そしてこれからのデザインやアートを考える時、エンジニアでもあることは大きな要素になってくると思う。
コンピューターの存在はその最たるものだ。今回の展覧会にも美しいウェブサイトを次々に生み出している中村勇吾さんの作品があった。ゆっくりと落ちてくる骨組みだけの構造体がぶつかっては崩れていくというシミュレーションプログラムの作品だ。美しさはプログラムにより生み出されているのだ。
実は僕も今、センサーの技術を使ったものを考えている。形としては杖(つえ)だけれど、ここにセンサーを埋め込んだら何ができるか。盲導犬以上の情報と感覚を持った杖ができれば、安全だけでなく、さらに効果的な誘導ができるかもしれない。目の見える人にも価値ある装置になるかもしれない。そう言えば杖は魔法使いの道具だ。
エンジニアリングをどう活(い)かすか。アートやデザインを生み出す鍵として重要なものになってきた。
◇9月はパティシエの辻口博啓さんによる執筆です。