大学生の頃からギリシャ・ローマ美術を研究してきたので、そのつきあいは45年ほどになる。
かつての都ローマやベスビオ山の噴火で埋没したポンペイの街を毎年数カ月調査してきた。地中海沿岸に点在するローマ時代の遺跡のほとんどを見てきた。これだけ多くのものを見てきたので、ギリシャ・ローマ美術のことは何でもわかると思われがちだが、わからないことの方がむしろ多いような気がする。たとえば、ポンペイの住宅である。
城壁に囲まれたポンペイの市街地には約3千軒の住宅がある。6畳ひと間の小さな家から600坪の建坪を誇る大邸宅まで大小さまざまである。住民のあいだの貧富の差は現代日本とは比較にならないほどに大きかった。しかし、貧しい家にも豪壮な邸宅にも共通点がある。部屋の壁を壁画で飾る習慣である。
貧しい家は貧しいなりに工夫をこらして安上がりの彩色をほどこし、豪邸では赤地に建築的な枠組みを描き、壁の中央にはギリシャ神話を主題とする絵が描き込まれていた。しかも床に目を移すと、サイコロの大きさに切った色石によるモザイクが床を飾っている。
なぜポンペイの住民は、これほどまでに住宅を色あざやかに飾りたてたのだろうか。王宮のように絢爛豪華(けんらんごうか)な建物を描いた例もある。しかしよく見れば、舞台の書き割りのような、まさに絵空事でしかない。クレオパトラの王宮にあこがれて、壁画という安直な方法で仮の宮殿を再現し、あたかも宮殿の主であるかのような幻想に浸って満足したのであろうか。
ローマ帝国の出現とともに平和がおとずれ、質素な生活から解放された市民たちが、幻想の世界と知りながら、幻想に浸る装置として壁画を描かせたのであろうか。答えを出すにはもう少し時間がかかる。