ポンペイの住宅は、壁画で装飾されている場合が多い。それも豪華な宮殿を描いたり、壁面いっぱいの庭園図や神話画などを明暗法や補色関係を多用して描いている。このため、われわれ日本人にとって少々やり過ぎ気味の濃密な印象をうける。
強い色調の壁画で埋めつくされた部屋で日常生活を送るのであるから、言葉遣いや立ち居振る舞いもかなりめりはりがきいていたと思われる。そうでなくては、壁画に圧倒されて弱々しいと感じられたり、見過ごされる危険があったはずである。日本の生活空間を1気圧とするなら、3気圧ぐらいの密度があったのではないだろうか。
密度の濃さは、何げなく置かれたテーブルや調度品にも見ることができる。天板の縁はかならず輪郭を強調する刳(く)り形が施されており、脚の部分はライオンやネコのしなやかで鋭い爪(つめ)をもつ足を模したり、植物のアシをかたどったりすることもあった。現代の食卓の脚のように、一本の棒を断ち切ったような、無造作な作りはけっしてなかった。おそらくそのような状態であれば、古代のポンペイ人は、いまだ完成していないと感じるか、調度品ではなく作業用の台としか考えなかったことであろう。濃密な空間でそれなりの存在感を示すには、縁の部分や末端にも何らかの装飾もしくは造作を加える必要があった。
家具や調度品の末端にまでさまざまな造作を加える習慣は、じつは20世紀初頭まで続いていた。もちろん、テーブルの脚をネコ科動物の足のように作るような過度な装飾は消えていたが、優雅なカーブをもたせて、それなりの処理がなされていた。近代においてはアール・ヌーボーやアール・デコなどが典型であり、その反動ともいえるバウハウスなどの運動がおこることによって初めて、ヨーロッパでは末端を断ち切ったかのような処置を完成した造作と見なすようになったのである。そう見てくると、ヨーロッパの生活空間は20世紀初頭まで、ポンペイほどではないにしてもかなり濃密だったことになる。