犬が歩くと棒に当たるように、人も歩くとヘンなモノに当たる。途中で壁が立ちはだかる階段とか、雨が降ってナンボだろうに明治期の町屋の雨どいに飾りとして打ち出されたテルテル坊主とか。町や田園を歩いてこうしたヘンなモノにレンズを向ける路上観察学会を、赤瀬川原平、南伸坊、松田哲夫、林丈二らと結成してもう23年になる。
長らく、こうしたふだんは気付かぬ無用な物件に寄せる視角は日本独自のものと思ってきた。なぜなら、先人として思い当たるのは世界でも昭和初期の今和次郎(こんわじろう)しかいなかったし、23年の間に日本では雑誌やテレビへと広がったからだ。
上海、ハノイ、パリ、ベネチアなどへも皆で出かけて観察したが、「名品」は見付からない。アジアの都市は全体がヘンなモノ化してしまっているし、ヨーロッパは整い過ぎてヘンなモノ発生の余地がない。俳句と同様に路上観察は日本独特の視角なのかもしれない。
でも、今年に入ってから、変化を感じた。
一つは、カリフォルニアの建築の先生から、このごろ大学生たちの間で人気のホームページを教えられ、見ると、路上観察的物件がたくさん載っているではないか。タイプは日本と重なるが、スケールが違い、親柱も立派な大きな階段が3段目でドンと壁に当たるとか、敷地と道路の造成がチグハグで、ガレージを出た車が落下状に走って路面に着地する急造の郊外住宅とか。
私も参加したメルボルンの展覧会でも、壁に唐突に押し入れ状の「小屋」を作った展示があって、作家に聞くと、日本留学中にロジョウカンサツに興味を持ったとのことで、学生と作ったメルボルンの街の路上物件の冊子もいただいた。でもコンワジロウのことは知らなかったので、今が昭和5年に出した『考現学』を送ってあげた。
アジアもヨーロッパもイマイチ状態なのに、なぜかアメリカとオーストラリアでは若い理解者が生まれ始めた。この先どうなるか。