「小股の切れ上がったいい女」という形容がある。
これはどういう意味ですかね、と聞かれた有名な画家が、「文字通り足の線の美しいスラリとした美人の形容で、例えば鈴木春信の描く女性のような感じでしょうか」みたいな風に答えていた。試みに広辞苑を引いてみると、「女のすらりとした粋なからだつきをいう」とある。
相撲の手に小股掬(すく)いというのがある。
広辞苑を引くと、「足の膝(ひざ)関節の内側を一方の手で掬い上げて倒す」とあるから、そのあたりが小股なのだと思う。
しかしどうも「切れ上がる」というナイフで切ったような感じがしっくりしない。
ぼくがデザイン学校の生徒であった時、美術解剖学は西田正秋先生であった。
西田先生はおそろしく絵が上手だった。先生は黒板にチョークで歌麿風の浮世絵美人のうしろ姿をサラサラと描いて言った。「浮世絵を見ればわかるが当時は首筋が美しいというのがセクシーで美人だった。首が白く長く、うなじにふた筋の髪の筋がくっきりとして、小さな股のように見える。小股の切れ上がった美人というのはこういう女性を形容したのだ」
ぼくは心の底から納得した。芸者や祇園の舞妓(まいこ)が襟を抜いて首筋を見せ、二つの髪の筋を墨で描いてくっきりと見せたのはそのためなんだ。襟首の髪の生えぎわは襟足というではないか。小さい足の小さい股。
そして鋭角的にすっきりとしたラインはまさに切れ上がるという語感である。うーん。なるほど、と18歳だったぼくは思った。
茫々(ぼうぼう)と歳月は流れ、人生の晩年になった今も西田先生の説を信じている。今は足のすらりと長いスレンダーな美人は昔より多いが襟足美人は絶滅危惧(きぐ)種である。