「不思議の国のアリス」のイラストを、作者ルイス・キャロルは風刺雑誌「パンチ」の漫画家ジョン・テニエルに依頼した。
キャロルはテニエルにあれこれと細かく注文をつけて何度も描き直しを迫り、おまけにモデルをいっさい使わないテニエルにモデルを指定して描かせたとも言われている。
アリスの顔だけが妙に写実的で当時は大人子供みたいだと酷評した人もいる。
「不思議の国のアリス」の初版本(1865年)はテニエルがクレームをつけて発売禁止になり、1866年にようやく出版された。
思い切り要約して書いたけれど、ここまではアリスのファンならご存じの方が多いはずである。
「不思議の国のアリス」については星の数ほど出版されていて、キャロルが数学教授をしていたオックスフォード大学のクライストチャーチは観光地になっているが、さすがイギリス、少しも観光地のケバケバしさはなく、アリスがボートでお話を聞いた川も素朴にゆったりと今も流れている。
1907年にアリスの著作権が切れてから無数の画家がアリスを描き、それは現代まで継続している。
その中ではやはり日本の初期のイラストレーターに影響を与えた巨匠アーサー・ラッカムを推す。ラッカムのアリスはテニエルよりも絵の風格がよく、知的で愛らしい。ラッカムはマイナーなイラストレーターだったが、結婚した肖像画家の妻の優れた批評眼と助言で独自の画境に達して第一人者となる。
しかしアリスに関する限りではテニエルにかなわない。それはテニエルが風刺漫画家であり、キャロルがパロディー大好きという強烈なふたつの個性がリアルタイムで衝突してスパークしたせいだと思う。
「不思議の国」と「鏡の国」でこのデュオは解散。そして人類史上まれに見る傑作をこの世に残した。独断だがテニエルの絵が成功しているのは彼が優れた漫画家であったせいも大いにあるとぼくは確信している。