有名なボストン美術館の近くにある目立たない個人美術館「イザベラ・スチュアート・ガードナー美術館」は、1時間もあれば全館の作品が見られるが、びっくり箱のように面白い。
メイフラワー号に乗った清教徒が米マサチューセッツ州のプリマスに上陸したのは1620年、さらに10年後、大規模な船団でボストンへ大量移住。そのわずか6年後にハーバード大学が設立された。
これがボストンに知的エリート階級が生まれる土壌となる。
イザベラはニューヨークの大商人スチュアート家の娘で、ボストン上流社会の名門ジョン・ガードナーと結婚する。
ニューヨークからやってきた無邪気で快活な小娘は、ボストンの閉鎖的な社交界に強烈なカルチャーショックを受ける。2歳の愛児を失い絶望した瀕死(ひんし)のイザベラは、担架にかつがれてヨーロッパへ転地療養に出かける。
そのわずか1年半後、イザベラは大変身! パリ仕込みのダンスのステップも軽やかに、文学、美術、音楽の教養を身につけたレディーとしてボストン社交界の花形となる。
そのイザベラが全財産を投じて建てたのがこの美術館である。
ごくありふれた建物で入り口は通用門みたいに目立たない。玄関を入ると窓がなくて、まっくら。瞬間的な目つぶしの闇を抜けると、回廊に囲まれたベネチア風の内庭一面に地中海の花が咲き乱れている。
アメリカを代表する画家でイザベラと親しかった巨匠サージェントが、黒、黄、白の衣装の3点のイザベラの絵を描いている。
白のイザベラだけが透明水彩の小品で、死去する2年前の82歳の肖像だが、アラビア風の白い衣装で全身を包んでいる。なぜか3枚の中で1番美しい。「私のトリックはわかるかしら?」と問いかけているように見える。美術館の売店でイザベラの写真入りの本を買えば絵のイザベラは写真よりも愛らしいことがわかる。
◇1月はフラワーアーティストの東信さんによる執筆です。