「水さえやっときゃなんとかなる」という頼もしい教えが、ベランダー界の大法典『ボタニカル・ライフ』(しつこいようだが著者・俺(おれ))には記されている。
だが、そう信じていた俺自身がこの度、改宗した。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
実は今月初めに舞台をやり、脚本も半分ほど書いたのだが、作業中ひたすらやせ続けたのである。もともと体重の増減が激しく、太るのもやせるのも思うがままだった俺は、たいして気にはしなかった。しかし、他人がやたらに心配した。
仕方なく稽古(けいこ)中さかんにバナナを食い、体重を維持しようとしたものの、汗をかくのでまたやせる。舞台が始まると、さらに俺は汗をかき、どんどんやせた。他人はなおさら心配した。
で、舞台が終わった。すぐに通常の体に戻るだろうと考えた俺は、その2日後には新作浄瑠璃を書き下ろそうとホテルにこもった。
ところが、椅子(いす)にさえ座っていられないほど疲れていた。頭がぼうっとして、手足に力が入らない。結局2日間、俺は寝続けた。
何が自分の体に起こったのか、まったく把握出来なかった。食欲はある。水もカバ並みに飲む。にもかかわらず体力が回復しない。
あわてて行きつけの鍼(はり)の先生の元へ駆け込むと、一言「いとうさん、寝汗ひどいだろ?」と言われた。漢方薬を処方してもらってからも、俺は事態がよく呑(の)み込めなかった。
家でしばらく漢方薬をながめるうち、父親が去年、庭仕事の途中で倒れたことを思い出した。一時は息子の俺の顔さえわからなくなり、その後1カ月ほど精密検査を繰り返した父親は、とどのつまり脱水症状と診断された。
父親も俺もよく水を飲むのである。そして、よく汗をかく。それでも脱水症状なのは、つまり汗と同時に電解質だの糖だのを体外に出してしまっており、肝心のそれらを補給しないまま水分だけを取るからだ。
俺はあわてて冷蔵庫を開け、たまたま入っていたスポーツ飲料をごくごく飲んだものだ。てきめん頭が冴(さ)えた。少しするとまたぼうっとしたが、原因が判明したから気は楽だった。
「水さえやっときゃなんとかなる」は嘘(うそ)である。自分の体でその嘘を体験した俺は、以来肥料にうるさい。何かあるとすぐに撒(ま)く。水だけじゃダメだ。