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2004.7.28(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第16回 朝顔のない、劣悪な都会の夏
 やっぱり皆さんのベランダでは、紫や紅色の朝顔が今を盛りと咲き乱れてるんでしょうね。いいなあ。

 俺(おれ)だって毎年、朝顔は欠かさなかった。浅草の先輩ベランダーから「朝顔の種をまくのは、お祭り(三社祭)が終わってすぐだよ」と言いつかった通り、5月下旬には前年に取っておいた種を土に植え込むのだ。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 この種まきの時期が少しでもずれると、朝顔はてきめん調子を崩す。

 早過ぎれば、まだ梅雨のうちから小さく咲き始め、早熟ゆえに大輪にはならない。遅過ぎれば、今度は成長期が初夏の暑さにさえぎられて疲れはててしまう。

 つまり、お祭りというものは、植物にとっての重要な季節の変わり目に設定されているのである。人間は自然をつぶさに観察し、その実りを願い、目には見えない季節の変化を祭りとして具現化したのだ。なんという知恵であろうか。

 ……とそこまで深い宇宙サイズの洞察を我が物としているにもかかわらず、俺は今年、朝顔栽培に見事失敗した。実はこの春、知人から“原種の朝顔”を苗で三つもらい、“花は小さいけど秋まで咲き続ける”という謳(うた)い文句に思わず油断して、他の朝顔を育てなかったのである。

 一応用心のために、俺はその原種の朝顔を東側と北側のベランダに分けて植えた。いかに生命力の強い原種とはいえ、付きあうのはこっちも初めてだから2種類の環境を用意したのだ。

 ところが、まず東側の朝顔が夕顔めいた小さなピンク色の花を咲かせながら枯れ始めた。壁ぎわに寄せ過ぎて日光が十分当たらなかったからだろうか。

 それなら北側で勝負だ、と残った苗の世話に力が入ったのだが、そちらもやがて咲きながら枯れた。最後には茎が乾いたひもみたいになっていた。末期の力をふりしぼって開いた一輪の花はあまりに哀れだった。

 おそらく原種は、都会の光化学スモッグやヒートアイランド現象に辟易(へきえき)したのである。ほぼ自殺と見ていい。原種は原種らしく、昔通りの環境を求めたのだ。

 そういうわけで劣悪な環境に暮らす俺のベランダには、今年朝顔がない。劣悪さを忘れさせる朝顔の、あの可憐(かれん)な花がない。劣悪さが劣悪なまま、日々俺の目の前に迫る。

 そんな夏だ。

(2004/7/28)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


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