懸賞サイトは朝日マリオン・コム-懸賞 プレゼント、懸賞 応募、懸賞 旅行
2004.9.22(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第23回 大切な一夜に咲いた月下美人
 8年間咲くことのなかったクジャクサボテン、通称「月下美人」が蕾(つぼみ)をつけたのは、今月の初めであった。

 敬愛する伯父が地元長野の病院で意識不明になってから、ちょうど10日後。暗い気持ちでベランダに出ると、目の前に月下美人の蕾が突き出ていたのである。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 かの植物はこれまで、ワカメのような葉を伸ばし放題にするばかりだった。室内で育てていた頃などは天井に届くほど徒長し、化け物同然でさえあった。

 その葉を整理し、ベランダでほったらかすことに決めたのが5年くらい前。俺(おれ)はつまり月下美人になんの期待もしなくなっていた。

 それが突然、花の準備を始めたのである。1枚の葉から小犬の尻尾(しっぽ)ほどの太い管をニュッと垂らし、先端をふくらませ出したのだ。

 伯父の容体を気にかけながら、俺は毎日その蕾を見た。いつ咲くものやら見当がつかなかったし、なぜ今年咲くのかもわからないから、俺はおそるおそるこれまでと同じ量の水をやり、蕾には触れずに過ごした。

 その間、伯父は意識不明のまま生きていた。俺は小さな頃から伯父にかわいがられ、夏休みになると必ず長い時間を共にした。趣味で大きな畑を持ち、様々な野菜を育てていた伯父は、俺に虫の捕り方を教え、植物の育て方を教えた。

 考えてみれば、俺がこうしてベランダの植物を日々観察して暮らすのも、伯父の影響に違いなかった。

 その伯父が力尽きたのは蕾を発見してから1週間後のことだった。俺は仕事の都合で通夜には行けず、葬儀に参列する以外になかった。つまり伯父の顔はもう見られないことになる。

 月下美人が咲いたのは、その通夜の夜半である。

 ふと窓を開けてベランダに出ると、まさかと思うほど大きな白い花がぽっかりほころびていた。闇の中に浮かび上がる花は凄絶(せいぜつ)でもあり、寂しくもあった。

 俺はふらふらと台所に行き、ぐい飲みに酒をなみなみ注ぐと花の下に供えた。それが俺の通夜になった。

 夜が明けて喪服で家を出る前、ベランダに出た。花はすっかりしぼんでいた。

 だが、月下美人は大役をつとめてくれたのである。

 8年でたった一夜でもかまわない。俺の悔しさを、月下美人の花一輪がまぎらわせてくれたのだ。

(2004/9/22)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


>>バックナンバー

第22回 秋のタイムはウキウキ式土器 (2004/9/15)
第21回 天に向かって伸びない呪い (2004/9/8)
第20回 突然思い出した懐かしいイチジク! (2004/9/1)
第19回 ペットに近いツル性植物との日々 (2004/8/25)
第18回 花は血の流れない生贄である (2004/8/11)
第17回 収穫という名のアイデンティティー (2004/8/4)
第16回 朝顔のない、劣悪な都会の夏 (2004/7/28)
第15回 水だけやっても脱水症状 (2004/7/21)
第14回 咲かないダチュラと許せない虫 (2004/7/14)
第13回 枯れゆくスパルタ学園の新入生たち (2004/7/7)
第12回 小鳥たちの無自覚なプレゼント (2004/6/30)
第11回 すぐに根がつき、鉢植えになる「ノッポ」  (2004/6/23)
第10回 同志よ! ベランダに好物件などない! (2004/6/16)
第9回 植木市で珍品ゲット 俺は陶酔した (2004/6/9)
第8回 痛恨の不注意、アマリリスの墓標 (2004/6/2)
第7回 ベランダーの腕試される走り梅雨 (2004/5/26)
第6回 二つのマツリカの二つのはかなさ (2004/5/19)
第5回 母が勧める剪定でいい花咲いた (2004/5/12)
第4回 藤の機嫌を直した引っ越し (2004/4/28)
第3回 「特売品」は素早い対応が肝心なのだ (2004/4/21)
第2回 桜の花は下を向いて咲くのだ (2004/4/14)
第1回 「ベランダー」に福音の春が来た (2004/4/7)


サイトマップ | 会社案内 | 朝日マリオン・コムとは | 姉妹メディア | 会員規約 | 個人情報・著作権
asahi-mullion.comに掲載の記事や情報、写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
Copyright 2010 Asahi Mullion 21. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.