これまで2度もリンドウを買い、開花を体験することなく終わっていた。
紫色の蕾(つぼみ)がびっしりと突き出たリンドウの鉢は、あまりに魅惑的である。しかも、蕾の量からするとアンバランスなほどの小鉢で売られているのが常で、つまり“お得感”に満ちている。ケチ心を刺激する。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
ところが、折りたたみ傘みたいに巻かれた蕾が、いつでも開かないのである。
1度目は買ってすぐに大きめの鉢に植え替えた。葉の成長も見られなければ、まして花も開かなかった。
それでもあきらめず、次の秋になると性懲りもなく俺(おれ)はまたリンドウを買い、今度は植え替えを控えた。
が、結果は同じだったのである。少しだけほころぶ気配があって動きは終了。
やがて精神分析学でいうところの「否認」が俺の心を支配した。真実を知っていながら、あえて間違いの方を信じ込む現象である。
リンドウの花はそもそも開かないものであって、蕾に見える状態が花だ、と俺は本気で思い込んだのだ。
ベランダーとしてのプライドが傷つかないように、俺はその必死の思い込みを曲げずに数年を過ごした。図鑑を見るときも、リンドウの項目を無意識に飛ばしていたことに今は気づく。
そして金輪際リンドウは買うまいと心の底で自らに禁止令を発していたのだ。
しかし、やっぱり花屋に並ぶと欲しくなる。今年、たまたま白い花のリンドウを見つけた俺は「これは今までの紫とは違う!」と自分に言い訳をし、買った。
クリーム色がかった薄い緑の蕾。それが花だ、と俺は思い込みを懸命に保っていたので、中にひそむ白い花には期待をしなかった。
だが、三度目の正直という、俺にとっては複雑な事態が起こったのだった。白い花が昼間、咲いたのだ。
開花によって図鑑を正視することが可能になった俺は、雨や曇りの日には花がしぼむという性質を初めて知った。すると、あらたな否認が心を支配し始めた。
過去にリンドウを気にかけた百回以上の機会が、偶然にもすべて雨か曇りでちょうど花が閉じていたのだという思い込みである。
確率論上あり得ない。だが、確率論上あり得ないことがリンドウとの間に起こったことを、俺は信じる。
つまりリンドウは俺にとって奇跡の花なのだ!