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2004.12.15(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第34回 師の教えに背いた罰
 前回書いたサザンカの大鉢が、やっぱりどうしても欲しくなった。俺(おれ)は師の教えに背き、すぐ翌日、空気の抜けた前輪をものともせずスーパーへと向かった。

 言っておくが俺の自転車はハイテクな電動アシストである。にもかかわらず、俺はスイッチを切り、筋力アップに努めているのだ。

 ペダルをぐいぐいこいで目的地に着いた俺は、店内をさっさと抜けて屋外の鉢売り場に足を踏み入れた。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 その瞬間、である。2鉢あったサザンカのひとつはすでに売れており、残るひとつを1人の中年女性が持ち上げていたのだった!

 俺は息をのんだ。だが、幸いにも女性はまだ購入に迷いを感じているらしく、持った鉢を売り場の隅に移動させて、ためつすがめつ眺め始めたのである。

 とっさに俺は気配を消した。そして、他の鉢に興味があるふりをして、彼女の背後へ回った。サザンカへの執着を気取られたら一巻の終わりである。

 執着の気配は確実に伝わる。すると、相手は絶対に譲りたくなくなって、即座に購入を決めてしまう。

 女性は長い時間迷い続けていた。枝を触ったり、根元を調べたりしている。俺は前日に師と長話をした場所に移り、息を殺した。その場所にいれば奇跡が起こるのではないか、と思ったのである。連夜ドラクエをやっていたせいだろう。ゲームならそれで攻略だ。

 しかし、これは現実世界なのであった。ついに女性は意を決し、鉢を持ってレジに向かってしまったのである。それでも俺は遠目で彼女を追い続けた。最後の最後にやめるということもあり得るからだった。

 待機も虚(むな)しく、彼女はガマ口を出し始めていた。俺もさすがにあきらめ、ゆっくりとレジの横を通り過ぎて、サザンカがビニール袋に入るのをこの目で見た。

 午後2時40分ちょうど。俺の遠征は無駄となった。

 それにしてもおそろしい偶然であった。中年女性がまさに鉢を手に取る瞬間を俺は目撃したのだから。師の笑う顔が浮かんだ。だから買うなって言ったろ、と言われている気がした。

 それでもあと1分、いや30秒早かったら、と思いつつ自転車の鍵を外した。

 帰りは電動で帰った。

 (さて、今年の連載はこれで終了。よいお年を。また来年お会いしましょう)

(2004/12/15)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


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