前回書いたサザンカの大鉢が、やっぱりどうしても欲しくなった。俺(おれ)は師の教えに背き、すぐ翌日、空気の抜けた前輪をものともせずスーパーへと向かった。
言っておくが俺の自転車はハイテクな電動アシストである。にもかかわらず、俺はスイッチを切り、筋力アップに努めているのだ。
ペダルをぐいぐいこいで目的地に着いた俺は、店内をさっさと抜けて屋外の鉢売り場に足を踏み入れた。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
その瞬間、である。2鉢あったサザンカのひとつはすでに売れており、残るひとつを1人の中年女性が持ち上げていたのだった!
俺は息をのんだ。だが、幸いにも女性はまだ購入に迷いを感じているらしく、持った鉢を売り場の隅に移動させて、ためつすがめつ眺め始めたのである。
とっさに俺は気配を消した。そして、他の鉢に興味があるふりをして、彼女の背後へ回った。サザンカへの執着を気取られたら一巻の終わりである。
執着の気配は確実に伝わる。すると、相手は絶対に譲りたくなくなって、即座に購入を決めてしまう。
女性は長い時間迷い続けていた。枝を触ったり、根元を調べたりしている。俺は前日に師と長話をした場所に移り、息を殺した。その場所にいれば奇跡が起こるのではないか、と思ったのである。連夜ドラクエをやっていたせいだろう。ゲームならそれで攻略だ。
しかし、これは現実世界なのであった。ついに女性は意を決し、鉢を持ってレジに向かってしまったのである。それでも俺は遠目で彼女を追い続けた。最後の最後にやめるということもあり得るからだった。
待機も虚(むな)しく、彼女はガマ口を出し始めていた。俺もさすがにあきらめ、ゆっくりとレジの横を通り過ぎて、サザンカがビニール袋に入るのをこの目で見た。
午後2時40分ちょうど。俺の遠征は無駄となった。
それにしてもおそろしい偶然であった。中年女性がまさに鉢を手に取る瞬間を俺は目撃したのだから。師の笑う顔が浮かんだ。だから買うなって言ったろ、と言われている気がした。
それでもあと1分、いや30秒早かったら、と思いつつ自転車の鍵を外した。
帰りは電動で帰った。
(さて、今年の連載はこれで終了。よいお年を。また来年お会いしましょう)