懸賞サイトは朝日マリオン・コム-懸賞 プレゼント、懸賞 応募、懸賞 旅行
2005.2.16(水)更新
 いとうせいこうの自己流園芸ベランダ派

いとうせいこう タイトル

第41回 植えかえ人生への1本の否定
 俺(おれ)はこれまで、買った植物を即座に大きめの鉢へと植えかえてきた。売られている状態があまりに窮屈そうで、閉所恐怖症の俺は身につまされるのである。

 だが、相手がどんな土を好もうがおかまいなしで、余った腐葉土があればなくなるまで腐葉土。で、その腐葉土を使いきったらまた腐葉土を買ってくる。つまりは鉢のすべてが腐葉土で成り立っているのだ。

イラスト
題字と季語イラスト・上田みゆき
 これはもう自分でもあきれる以外ないのだけれど、だからと言って赤玉土やら黒土やらピートモスやらを細々と用意する気はない。その分ベランダが狭くなるからである。俺は別に土を貯蔵するために生きているわけではないのだ。

 こうした俺の強引な園芸術によって、数々の鉢が憂き目にあってきたと思う。そこで俺は一度我慢してみることにしたのである。買ってきたままで植えかえをせず、窮屈そうな鉢をひたすら見守ってみるという苦行をおのれに課したのだ。

 対象は前にご報告申し上げた“370円のボケ”であった。安かったからこそ出来る実験ではないかと問われれば、素直にうなずくしかなかろう。だが、それでも俺は日々、十二分に苦しんでいるのである。

 鉢はひどく小さく、盛られた土はさらにその鉢の7割くらいしかない。そこに1本のボケの枝がくねくねと立っている。水をやっても乾くのが早いし、根が詰まっているおそれもある。

 俺は植えかえたくて植えかえたくて仕方なくなる。中くらいの鉢に例の腐葉土をたっぷりと入れ、そこにボケを解放してやれればどんなにか心安らぐことか。

 我慢の毎日が続いた。俺の我慢と反比例して、ボケの調子は上がった。枝のあちこちから、緑の滴が噴き出すようにして芽がふくらみ、その脇から艶(つや)やかな丸い葉が出てきたのである。

 どうやらボケは、たとえ狭くとも環境のいい家を愛してやまない様子なのであった。俺は次第に顔色を失い、やがて立場を失った。

 これまで貫いてきた植えかえ人生、もしくは腐葉土生活が根本から間違っている可能性が高まったのだ。

たった1本のボケが、俺の全過去を否定しようとしている。明日にでも植えかえをしてしまいそうな自分に、俺は耐えている。

(2005/2/16)

イラスト いとうせいこう・作家

1961年、東京生まれ。小説など活字のほか、映像、音楽、舞台など幅広い表現活動を展開しており、都会に住みながら主にベランダで植物を楽しむ「ベランダー」としても知られる。


>>バックナンバー

第40回 園芸派自己流ベランダでもOK (2005/2/9)
第39回 カリンの実との気まずい再会 (2005/2/2)
第38回 花咲じいさんではなかったと知る時 (2005/1/26)
第37回 1月咲きの男 (2005/1/19)
第36回 世界の苦しみとブロッコリー (2005/1/12)
第35回 「初忘れ」のおめでたい克服 (2005/1/5)
第34回 師の教えに背いた罰 (2004/12/15)
第33回 師と選んだシャクナゲは (2004/12/8)
第32回 サザンカをめぐる一進一退 (2004/12/1)
第31回 ベランダー路上派に愛を込めて (2004/11/24)
第30回 苦手は“苞が花に見える植物”! (2004/11/17)
第29回 皆さん、お便りありがとう! (2004/11/10)
第28回 リンドウと俺の奇跡的な関係 (2004/10/27)
第27回 世紀の植物、「頭の良くなる花」! (2004/10/20)
第26回 ようやく落ち着いたアジサイ (2004/10/13)
第25回 四方八方に巻き付いたゴーヤの最期 (2004/10/6)
第24回 ダンゴムシたちの勇敢な旅 (2004/9/29)
第23回 大切な一夜に咲いた月下美人 (2004/9/22)
第22回 秋のタイムはウキウキ式土器 (2004/9/15)
第21回 天に向かって伸びない呪い (2004/9/8)
第20回 突然思い出した懐かしいイチジク! (2004/9/1)
第19回 ペットに近いツル性植物との日々 (2004/8/25)
第18回 花は血の流れない生贄である (2004/8/11)
第17回 収穫という名のアイデンティティー (2004/8/4)
第16回 朝顔のない、劣悪な都会の夏 (2004/7/28)
第15回 水だけやっても脱水症状 (2004/7/21)
第14回 咲かないダチュラと許せない虫 (2004/7/14)
第13回 枯れゆくスパルタ学園の新入生たち (2004/7/7)
第12回 小鳥たちの無自覚なプレゼント (2004/6/30)
第11回 すぐに根がつき、鉢植えになる「ノッポ」  (2004/6/23)
第10回 同志よ! ベランダに好物件などない! (2004/6/16)
第9回 植木市で珍品ゲット 俺は陶酔した (2004/6/9)
第8回 痛恨の不注意、アマリリスの墓標 (2004/6/2)
第7回 ベランダーの腕試される走り梅雨 (2004/5/26)
第6回 二つのマツリカの二つのはかなさ (2004/5/19)
第5回 母が勧める剪定でいい花咲いた (2004/5/12)
第4回 藤の機嫌を直した引っ越し (2004/4/28)
第3回 「特売品」は素早い対応が肝心なのだ (2004/4/21)
第2回 桜の花は下を向いて咲くのだ (2004/4/14)
第1回 「ベランダー」に福音の春が来た (2004/4/7)


サイトマップ | 会社案内 | 朝日マリオン・コムとは | 姉妹メディア | 会員規約 | 個人情報・著作権
asahi-mullion.comに掲載の記事や情報、写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
Copyright 2010 Asahi Mullion 21. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.