この1週間、風邪に苦しめられていた。丸2日間寝込んでも治らず、よろよろと病院まで歩いて行って、点滴を受けた。なんとか動けるようにはなったが、決して本調子には戻らない。
悪寒が続くので、どうしてもベランダに出ることが出来ずにいたわけである。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
幸い天気はぐずついていた。表土は乾き気味になりつつも、植物は俺の回復をじっと待ち続けていた。晴れれば俺だって勇気を出すのである。それが曇りばかりでおっくうになり、せき込みながら寝室にこもる。
そんな俺を励ましていたのはネコヤナギであった。ひょろひょろと風に吹かれる様子が室内から見える度、鬱々とした俺の気分が明るくなったのである。
正しくはピンクネコヤナギである。茶色の殻を破って赤らんだ花穂が次々に出てきては、柔らかい毛をなびかせてくれる。普通の花ならしぼむのが心配で気がせくのだが、ネコヤナギは逆にふくらみ続ける。
赤い花穂はしばらくすると、オーソドックスな白に変わる。すると、多少の曇りでも毛先がよく光って見える。基本的に北向きの俺のマンションでは、この小さな光がひどくうれしい。
空が曇っていれば、昼過ぎでも部屋が暗い。体調を崩した俺には、その暗さがことのほかつらいのだ。
そこにネコヤナギがあり、花穂の周囲が発光体のように明るいだけで、ため息の数ががぜん減るのが俺にはよくわかった。
花とも思えない花ゆえに俺はこれまでネコヤナギに興味を持たなかった。買ってきたのはほんの座興に過ぎず、正直な話、ネコヤナギは空調の排気をまともにくらっていた。
それがまさか、いざという時、その小さな光で俺の落ち込みがちな気分を救ってくれるとは……。
つまり、俺はこれまでネコヤナギの本質的な魅力に無知なのであった。いや、植物が鑑賞者を励ます力のひとつを知らないでいた。
植物は葉も茎も花も光を集めるのである。たとえわずかであれ、太陽の作用を出来得る限り受け取り、反射する。その我慢強さが人を驚かせ、集めた光が人の心を明るくする。
今日は晴れた。俺は回復基調の体でベランダに飛び出し、真っ先にネコヤナギに水をやったのである。その光の根元に。