今年最も早く我がベランダを訪問する昆虫はなんだろう、と俺(おれ)は寒の戻りをおそれつつ、ひとり胸をふくらませていた。
訪問というのはむろん、飛行してくるという意味である。鉢の土に潜んで連行されてくるミミズや、排水溝をつたって上がってくるゴキブリについては、俺はさほど心待ちにしない。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
それはともかく、たとえ大気が冷え込んでも、春はとどめようもなく進行し、すると草花が芽吹くのと同時に昆虫界も動き出す。ベランダーなら誰しも、経験上その神秘的な連動を知っているはずだ。
俺の予感もまた、しみついた長年の経験から来ていた。そろそろ何かが来る、と俺はわかっていたのだ。
そして事実、胸をふくらませてからわずか2日後、確かに我がベランダを昆虫が訪れたのである。
小さな蜂であった。やせて薄茶色をした蜜蜂が、たった1匹でマンション高層階まで上がってきたのだ。
こうして昆虫界もまた、俺に春を告げたのだった。
ふくらんだ胸が爆発してしまうかと思うほど、俺は感情をたかぶらせた。我がベランダへようこそ! 君が一番目の訪問者です!
訪問者の目当てはすでに決まっていた。数秒ベランダ内をふらふら飛行したのち、蜂は咲きたてのムスカリの花にしがみついた。
ガラス容器に入った水耕栽培のムスカリが8本ばかり、あの三角錐(すい)の花穂を開かせ始めたのがほんの数日前だった。ベル状の花ひとつひとつは米粒くらいしかない。花穂自体、まだ半分も開ききっていない。
にもかかわらず、春に起こされた蜂は紫の花めがけて飛んできて、ささやかな蜜やら花粉やらを無心に集めているのだった。ふらついていたのは飢えのせいかもしれなかった。
蜂はやがてどこかに去ったが、すぐに戻ってくることを俺は知っていた。サッシ越しにベランダを見張っていると、案の定5分もしないうちにまた現れた。
場所を覚えるその能力、飢えにも負けず素早く高層階まで上ってくるその力は本当に偉大なものだった。
俺は小さな蜂1匹に盛大な拍手を贈った。
俺のベランダを気に入ってくれてありがとう! 二番目の訪問者も君です!