アヤメが咲いた。
昨年、御近所ベランダーからいただいた株で、もとはといえば鳥が種を運んできたのであった。
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| 題字と季語イラスト・上田みゆき |
それが今年咲いたのである。フェンシングの剣を思わせるしなやかで細い葉の間から、直径5ミリ強の茎が伸び始めたのが5月初めだったと思う。
茎が直線的に空へ向かう様子からは、「すーっ」という音が聞こえてきた。もちろん実際に音がするはずもない。感覚的なものだ。
風が吹いても、その茎は細いのでたいして揺れず、やがて風がやめば完全に姿勢を正して天を刺す。
かといってアヤメは決して堅苦しい植物ではない。なんというか、幼い子供が寺子屋で一心に勉学にいそしんでいるような、そんないじらしさを感じさせるのだ。俺(おれ)としては、こんなまっすぐな子供でいたかったと自分を恥じる他はない。
恥じる俺はともかく、茎の先はじきペン先のような形となってふくらみ、数日のうちに割れて白い花の一部分を飛び出させた。あとは一気呵成(かせい)で、あの紙細工めいた複雑な仕組みの花がこぼれ出した。
花が咲いてもアヤメの茎は変わらずまっすぐに伸びたままである。上から引っ張られているのではないかといぶかしむほど、まるで重力を感じさせない。
以前、タチアオイに関しても、その天に向かってまっすぐに突っ立つ℃pを俺は誉(ほ)めた。だが、タチアオイの場合、野性的な力で周囲の空気をわしづかみにして立つ感じである。
アヤメはむしろ何の力も使わない。地球をくまなく覆う重力の膜に一点の穴を開け、そこだけに反重力を働かせているような立ち方をする。
だから、見ている俺の体には、その小さな反重力の穴に吸い込まれそうな錯覚が起きる。背筋が自然に伸びてきて、空に吸い込まれていくような感じがある。
何度アヤメを見ても、この不思議な錯覚がたちのぼるので、俺はある日面白くなって、アヤメから目をそらしては重力を感じ、また見ては反重力を感じるという遊びを繰り返した。
植物をめでる行為は、視覚だけの楽しみに終わらないと俺はアヤメに教えられ、その遊びにおいてだけまっすぐな子供≠フような気分になって、体感重視の娯楽に興じたのである。